第1話 落ちる男と出会うは母
この状況が異常であると思うのは正常なんだろう。
今年で28歳になる男が空から落ちているんだから間違いない。
下に見えるのは大きな海…よりも圧倒的に大きく、どこまでも続く水面が広がっている。
生物や岩の一つもない水面を見て唖然とするしかなかった。
強い風に身体を殴られているのに。
落ちているのに。
全く恐怖心がなく、風もそよ風程度にしか感じない。
焦りや疑問を抱いているが、一番強い感覚はなぜか。
”懐かしさ”だった。
その時昔住んでいた田舎の風景かフラッシュバックした。
全生徒含めても100人もいない小学校、その校庭の片隅から見える絶景がある。
家の数よりも多いだろう青々とした田畑。
その先には1〜2時間に1本しか走らない2両編成の電車。
なぜ突然その記憶が頭によぎったのか分からないが今はその心地よさに浸ることにした。
数秒目を閉じて風に身を任せているとそこで気づく。
水面が近づいてこない。
相変わらず身体は落下を続けているも水面が近づいてくることはなかった。
「さて、どうすればいいんでしょう?」
誰に言ったわけではないがこのまま落ち続けても進展しそうにない。
だからこそ自分に言い聞かせるように呟いた。
「さっきまで何をしてたか思い出してみましょうか…」
仕事を終えて車で家に帰り、家族で夕ご飯を食べた。
今日の夕食はオムライスだったな。
ご飯と具材をデミグラスソースで炒め、卵で巻いてたっぷりのデミグラスソースを上からかける。
卵はレストランで出る様なトロッとしたやつではなく、ペラペラの卵焼き。
うちの息子はトロッとした卵だと手をつけないからね。
食事が終わると4歳の1人息子とお風呂に入った。
お風呂が大好きな息子だからいつも長湯になる。
けど1日の疲れを癒す大切な時間だ、子どもに嫌がられないうちは毎日一緒に入ろうと決めている。
子どもの髪を乾かして、歯を磨き子どもと一緒にベットに向かう。
しかしここからが長い、なかなか寝付かないのだ。
本を読むとかとか曲を流すとか、うちの子どもにはなんの効果もない。
唯一の寝かせる方法は子どもとのプロレスごっこ。
何度もベットに投げ込んで疲れるまで遊び続ける。
そうすると子どもの方からもう寝ると言い出して数分後には夢の中だ。
その後は自分の時間。
お酒と氷の入ったグラスを片手にマウスを握る。
某動画サイトを画面の右側で流しながら左側で某掲示板を見るのが日課の1つだ。
うん、ここまでは覚えてるんだけどこの先が記憶にない。
見ていた画面の記憶はある。
けどいつの間にか空から落ちているんだよな。
記憶は確かだしたどってみるが解決の糸口は見つからなかった。
「さて、どうするのがいいんでしょう。
ずっとこのまま落ち続けるのは流石に辛いんですが。」
と呟くと。
「大丈夫だよ!そろそろ説明するからねー!」
相変わらず周りには誰もいないがはっきりと声が聞こえる。
それは幼く可愛らしいハキハキとした声だった。
強い風の音が聞こえるのにはっきりと声が聞こえたのは奇妙な感覚だった。
自分の子どもに女の子がいたらこんな声だったのかなーと少し微笑む。
「どこにいるんだろう、良かったら直接お話をしたいから出てきてくれないかな?」
小さい子どもに語りかけるようになるべく優しい声で語りかけた。
これが道端だったら通報待ったなしかもね。
「ごめんね、それはできないからこのままお話しよっか。」
フラれちゃったよ。
「そっかー、じゃあこのままでいいからお話をしてくれると嬉しいな。
それとお名前はなんて呼べばいいかな? 」
少しでも情報が欲しい、なるべく友好的な関係が作れるよう徹することにした。
「ユナのことはユナって呼んで欲しいー!」
7〜8歳くらいの女の子かな?
「よろしくねユナちゃん。
おじさんのことは佐久間って呼んでね。」
「よろしくねサクマ!じゃあまずはよくある質問ってとこからだけど、
⒈この後にしっかりと元の場所に戻します、ご安心してください
⒉私たちはあなたにとって敵になる気はありません
⒊今あなたを含めて地球に住んでいるほとんど全員は全員同じ体験をしています
4私たちの目的はあたなたちを戻した後にどうなるのかを見ることです
5これは異世界転生ではありません
以上」
ユナは一生懸命書いてある文章を読んでいるようで俺は心の中で頑張れと応援しながら聞いていた。
「その説明だとなんの為にここに呼ばれたのか分からないんだけど説明書には載っているかな?」
一番大切なところをはぐらされたら困る。
「もちろん書いてあるよー!けどそれはもう少し後に言うから待っててねー!
他に質問とかある?ないなら次に進むけど???」
「じゃあ聞きたいんだけど俺の子どももこんな体験をさせられてるのかな?」
ユナに問いかけた。
「大丈夫だよー!これはマザーのスキルだから元の場所に戻れば…
あ…えーと…。
タクマは心配しなくて大丈夫!詳しくは言えないけど大丈夫だから心配しなくて大丈夫!」
マザーとかスキルとか、たぶん言っちゃダメなんだろなー。
可哀想だけどしっかり聞くことにした。
「マザーさんのスキルについて教えて欲しいかな。」
少し沈黙があり泣きそうな声で返答があった。
「うん…と、これは、ちょっと待ってね…」
ユナの声が遠くに行った感じがして静かになった。
さて、俺は悪くないし待つしかないよね。
ただ待っているだけでもつまらないし今までの話を自分なりにまとめることにした。
さっきのよくある質問とその後に口を滑らせた内容から考えると。
敵になる気はないってことから地球征服が目的ではない。
なにより地球軍とマザー軍での戦い…勝てるわけない。
こんなところに飛ばすことができる敵を倒すなんて無理だよ。
しかしこの待遇的に友好的な話し合いの可能性もあるんじゃないか?
地球人みんな幸せになれる様にマザーが手伝うよ!
ってのが最高なんだけどな。
まぁなんにしても家族と離れ離れにならなくて済むから異世界転生でないのは安心した。
「待たせたな。」
姿は見えないがユナの声とは別の少し歳を感じる男性の声が聞こえた。
「マザー、そしてスキルなどの話を私からする。
本来は説明をする予定じゃなかったがこちらの手違いだ、
だから話せる範囲で私から説明させてもらう。」
「分かりました、よろしくお願いします。」
声の主は一息ついて話を続ける。
「まずマザーとは私たちの生みの親であり、始祖のことだ。
我らがマザーである慈愛の始祖ホル様。
戦争の始祖メト様。
冥府の始祖シオ様。
創造の始祖クヌ様。
知恵の始祖イム様。
この5名の方々が始祖であり創造主様である。
マザーに関しては以上だ。」
思うことはあるがひとまず頷いておくことにした。
「次に目的を話そう、私たちはこの地球の成長を観察している。
更に言えば観察対象はこの地球だけではない。
数多ある観察対象があり、この地中はその中の1つだ。
そしてこの地球だがとてもつまらない方向にしか成長しない。
文明的にも思想的にも低次元過ぎる。
スキルを理解してる者が誰もいないなんて話しにならん。
他の生命体だと自らの力でスキルを見出したり私たちの存在を確認している者もいるぞ?
結果この地球を放棄しようとした時にホル様がこの地球にチャンスを与えようと決められた。」
うわー、これは不味いやつですね。
自分の想像が甘かったことを痛感した。
「ホル様はおっしゃられた、 君たち地球人全員にスキルを与える。
それによってこの地球に存在する生命体は成長し、新たな発見に繋がる。 」
マザーが5人いて、その中のホルさんが地球の実験を続けようって提案してくれたってことだよね。
スキルって俺がここに連れてこられたようなやつだよな?
そんなの地球に住む人全員が使えたらろくでもないことになる。
けどそれがなかったら放棄される、つまり滅ぶってことはこの話に乗るしかないよね。
「スキルにどんな種類があるのかを知りたいんですが…」
率直に自分の意見を聞いてみた。
「与えるスキルは自分で決めることになっている、そして同スキルを持つことはない。」
それじゃあ何億って数のスキルが存在するということだろうか?
似通ったスキルは存在するのだろうか?
流石にわけが分からない。
「申し訳ないんですがもう少し詳しく教えて欲しいです…」
ため息をついて男性は説明を続ける。
「例えばだが君が火が出せるというスキルが使えるとする、そうしたら他の人間は絶対に同じスキルは使えない。
どのスキルが使えるかはまだ教えることはできない。これで分かったか?」
まだまだ足りないわ。
「そのスキルって何億という数のスキルがあるってことですよね?」
「人の数だけスキルは存在する、つまり何億という数になるだろう。」
ってことは物凄く残念なスキルもありそうだな。
火が出せるスキルなんて大当たりだろう。
「スキルが決まるのはいつでしょうか?」
「まだ教えることはできない。」
今後のために少しでも有利に話を進めたいんだけど厳しいかなー。
「例えばですが今経験しているような移動するスキルをいただけないでしょうか?」
この際少しくらい欲を出して聞いても罰は当たらないだろう。
今後家族を守るためにも遠くへ移動するスキルなんかは最適だ。
「お前がなんのスキルが使えるかを決めるのは私ではない。」
本当に硬い人だなー。
「分かりました、あといくつか質問があるんですがよろしいでしょうか?」
ここからは探り合いになるけどこの人は堅そうなんだよな。
「答えられる範囲で答えよう。」
「ありがとうございます。ではまず聞きたいのが私の息子はまだ4歳なんですが私と同じ様に空から落ちているんですか? 」
「君たちの身体は元の場所にある、ここにあるのは君の精神だけだ。
同じ様に君の息子も精神だけ違う場所にあるがその精神に見合った環境が反映されているから心配ない。」
ってことは4歳なりの世界観の中にいるんだろう。なるべく楽しいところに行って欲しいものだ。
「では次に質問ですが、地球に住む人間全員がそのスキルを手にしたとして大きな混乱が起きると思いますがどうでしょうか?」
「どうなるか、それを私たちは見たいのだ。
その結果がどうであろうと今までの無駄な進歩と比べれば大きな進歩になると私たちは信じている。」
言いたいことは分かったが勝手すぎるでしょ…っては言えないけどさ。
「分かりました。気になってたんですが先ほどの女の子は大丈夫でしょうか?
私が強い声で話しかけてしまったのが原因で焦ったようで、怒られたのなら私から謝罪したいです。」
「知らん、私が知るところじゃない、お前にも関係ない。」
ユナにはなにかしらの罰則がありそうなのが心配だ。
それにこんなにも過剰に怒ることないじゃないか。
「では違反を起こしたあなた方はどの様なことをしていただけるのでしょうか?」
男性の声が強くなる。
「どういうことだ?」
「まずはマザーと呼ばれている方は複数のスキルが使える。
そしてマザーのスキルの一つは肉体ではなく精神を他の空間に移動させることができる。
これは予想ですがホルさんにとってユナは大切ななにかじゃないですか?
明らかにあなたはユナに敵対心があり、イライラが見えます。」
言い終えた瞬間目の前が白くなり次の瞬間草原に立っていた。
周りにはなにもなく、ただただ広い草原が広がっている。
そして少し先に小さな光る玉が浮いているのが見える。
「次はなにが起こるのかな?」
その光る玉に話しかけると光が強くなり、形が女性の姿に変わった。
身長は一般的な女性よりも高め、髪は前髪パッツンで地面に着きそうなくらい長い黒髪ストレート。
そして服装は綺麗な青のドレスを着ている。
誰かは雰囲気ですぐに分かった。
「ホルさんですね?」
俺はまだ知らない。
この名前を言わなければ良かったと。