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三話 狩人の仕事

 懐かしき家は、十年前の姿と寸分違わずにそこに在った。既に0時を回ろうかと言う時刻に辿り着いた懐かしの我が家。師に拾われて五年の歳月を過ごした第二の家。一ノ瀬晃人(いちのせあきひと)は懐かしそうに双眸を細めて、相変わらず重々しい雰囲気を与える門扉を眺める。黒く塗られた鉄製の門は所々錆びてはいた物の、未だに健在。師が手入れを確りしている所為か、彼女の手袋に覆われた華奢な指先が軽く押しただけで音も無く開く。


 門扉の奥は手入れが行き届いた英国風の庭ブリティッシュ・ガーデンが広がりを見せる。邸宅の玄関口までの道すがらを四季咲きの薔薇が彩っている。玄関付近の広場に至る場所にはアーチ状の鉄の棒につるばらが纏わりつき、その奥には白いパラソルとベンチが置かれている。師の肩に戻っていた梟のラスは、草木生い茂りながらも整えられた庭園の一角に翼をはためかせ飛んでいく。文字通りこの庭はラスの庭でもある。


 師が腰の兎を模したらしいポーチから鍵を取り出す。相変わらず大きな鍵だ。鍵を回せばガチャリと音が響く。重々しい金属音は、やはりどこか懐かしい。こんな古びた鍵でもディンプルキーよりピッキング対策に優れているとは、師の言葉だ。事実、空き巣が盗みに入ろうとして開けられなかった事が過去にあった。最も、中に入れば入ったで無事に出られる保証など無いのだが。


「部屋はそのままにしてある。とは言え、きちんと掃除はしているからな、埃っぽいなどと言う事はない」

「ありがとうございます、師匠」

「もう遅い。今夜はゆっくりと休むが良い」


 鷹揚な師の言葉に、晃人は僅かに困ったように眉根を寄せた。


 その様子を目ざとく見咎めた青灰色の瞳が、真っ直ぐに晃人を見据える。相も変わらず、綺麗な瞳だと思いながら、視線を受けるだけで晃人の心臓は鼓動を早くした。


「如何した? まさか、家に泊まる訳ではないと?」

「いえ、厚かましいとは思いますが、暫くお邪魔させていただきます」

「厚かましい訳があるか、ここはお前の家でもあるのだぞ、晃人」


 師の言葉に深くこうべを垂れて、感謝の意を示す。水臭い男だなと肩を竦める師から見れば、己などはまだまだ子供なのかもしれないと、苦笑の一つも零す。それから、先程眉根を寄せた訳を晃人は話し始めた。


「実はすぐに寝る訳には行かないのです」

「ほう、何故に?」

「――ストームにて割引セールの期日が」

「またゲームか!」


 師は呆れたように言葉を荒げるが、気のせいか少しだけ口角が上がっているように晃人には見えた。


 結局、パソコンもネット回線も当時のままと言う事を聞かされて、ほっとしながらお休みと挨拶を交わして、晃人は二階の自室に久しぶりに足を踏みこむ。驚いた事に、カーテンもベッドのシーツも一新されていた。カーテンは可愛らしくもシックな梟柄の物、シーツは新雪を思わせる真っ白な物。


「マメ……だな」


 小さく呟きながら、コートを脱ぎコート掛けに掛ける。床板を微かに軋ませながら勉強机代わりに使ってた書斎机の前に座り、十年前に愛用していたパソコンを起動した。


「OSがこの頃か。何とも懐かしい」


 立ち上がり画面を見やりながら、思わずそう呟き。しかし、指先は淀みなくシャツの胸ポケットにしまっていたUSBメモリを取り出した。


「認識は、してくれると思うんだけどなぁ……」


 USBポートにメモリを差し込み、認識されるとホッと息を吐き出す。後は自然と起ちあがる起動画面に視線を向けて、YESボタンをクリックしていく。


「これで良い……」


 再度呟きながら、椅子より立ち上がり、ベッドに身を投げた。相変わらず少し硬めのベッドの感触が懐かしい。


 パソコンが、正確にはハードディスクがガリガリと音をたてながら稼働する最中、晃人は天井を見上げる。師は……須戸すとと名乗る女悪魔は、出会った頃から何も変わらず己を迎え入れてくれた。彼女には感謝してもしきれない恩がある。師であり、ある意味母親代わりでもあった。だが……。


 晃人は上半身を起こして、棚の一点を見つめる。そこには三人の男が写った写真が置かれている。四十近い黒い髪の男、二十代半ばの黒い髪の男、そして……当時九歳だった晃人自身。父と年の離れた友人の二人を見つめながら思う。師とは、それだけの関係で終わらせなければならない。それ以上を求めてはならない、と。


(この命は、怪異を滅するためだけにある。揺れるな、晃人。愛は覚悟を鈍らせる)


 この青臭い決意を、写真に写る二人が聞けば何と言うだろうか。父はきっと怒るし、友人は笑うだろう。そして、二人とも似たような事を告げるの決まっている。『生ぬるい事を言うな、使命も愛も全うして見せろ』と。分っている。分っているのだ。彼等に比べれば、己は何とも小さな存在である事は。それでも願う、彼らの遺志を継ぎ、悪しき怪異を全て滅する事を。


 それでも、それでも、師の所に戻って来たのは何故だ? そう問いかける心の奥深くの声。彼女に会いたかったし、彼女に触れたかったのは間違いない。それは自身の中に確実にある欲求だ。愛と呼んでも良いのかも知れない。だったら、その思いを告げても良いじゃないかと告げる心の声には、晃人はゆっくりと首を左右に振る。ダメだ、それは、ダメだと小さく呟きながら。己には使命がある。己には願いと愛を同時に叶える要領の良さはない。そう言い聞かせるが、心の奥底の声は自嘲気味に否を告げた。


(告白する事で、今の関係すら壊れる事を恐れているのだろう?)


 その事実を突き付けられると、何も言葉が浮かばなくなる。何とも情けない限りだ。数多の化け物を殺してきたが、この手の事にはどうにも恐怖が勝る。困った物さと一人苦虫を噛み潰していると、パソコンのモニターが消えて、再起動を始めた。


「OSが書き換わったか」


 一応ゲーム用に性能は高めていたが、ちゃんと動くんだろうなと自身の思考から逃げる様に小声で文句を告げながら、机の前の椅子に腰を下ろした。


 ボイスチャット用のマイク付イヤホンを引き出しから取り出して接続する。音の大きさを注意しながらイヤホンを耳にあてた。今インストールしているプログラムは、師に告げたパソコンゲームの権利管理とダウンロード販売のプラットフォームに接続するためのソフト等ではない。いや、ある場所に接続するためのソフトである事に間違いはないが……。


 程なくしてパスワード入力を求められる。まずはキーボードで十二文字の英数字を打ち込み、次に示された画像について定めていた単語を打ち込んだ。最後に声紋認証画面が現れ、晃人はマイクに向けて言葉を発した。


「我は狩人、狩るべきは怪異、怪異を狩るは人の業なり」


 認証成功の文字が現れて、不意にビデオ電話画面に移り変われば、眼鏡をかけた金髪の白人男性の姿が浮かび上がった。晃人付きのオペレーターであるウィリアムだ。


「やあ、ミスターアキヒト。懐かしの祖国、日本は如何だい?」

「少々寒いね、ウィリアム。早速だがこの国に蔓延る怪異について、協会はどの程度掴んでいる?」

「相変わらずクールな事だね。――さて、日本皇国では妖怪と呼ばれる土着の怪異が派閥を作って争っているが、今回は彼等は関係ない。O∵S∵Wの日本支部絡みだ。正確にはO∵S∵Wの下部組織、ダゴン秘密教団についてだが」

「連中、何かしでかす気でいるのか?」

「詳しくは不明だが、妖怪の一派とコネクションを作ろうとしているらしい。ダゴン秘密教団の日本支部長「軍司秋水ぐんじしゅうすい」が怪しい動きをしている。――奴は危険だぞ?」


 軍司の名を聞き晃人は眉根を寄せた。同じ皇国人ながら、奴は旧支配者側に付いた愚か者だ。恐るべき剣の使い手にして、旧き術法の使い手。奴と戦って散っていた狩人は数多い。


「奴を打倒すればよいのだな?」

「それが第一目的だが――どうも、それだけじゃないようだ。……こいつは未確認情報だが、協会の「B」理事が密かに動いている案件がある。王の指輪に関する事案だ。如何やらそいつを持って居る奴が日本に向かったらしい」

「王の指輪? まさか、ソロモン王の?」

「しっ! みだりに名前を唱えるな、アキヒト。十九年前に全能力を回復した悪魔たちを従えると言う指輪だ。こいつの持ち主が下手を打てば大きな混乱が起きる。最もこいつは未確認情報だし、中東に向かったなんて話もある。情報が錯綜しているのさ」


 理事「B」が動いているのならば、おいそれと外部に情報は漏れ出ないだろう。だが、ソロモン王の指輪であれば、師である須戸にも大きく関わって来る事だ。彼女は由緒正しい大悪魔、ソロモン王の七十二柱に数えられている事を晃人は知っていた。それだけに心乱される報告である。しかし、それでも晃人は思考を瞬時に切り替える。彼は、狩人協会の中でも最高位に位置する魔神狩人デモンハンター。心の乱れが死に直結する事は良く心得ていた。


「指輪の件は心には留めておくが、まずは確実な方から当たろう。軍司は、奴はどの一派と接触している?」

「日本の古来種、鬼の一派だ。悪路王あくろおうの末である阿方家あがたけ

ぬえ派か。――内紛状態だったか?」

「確か……いや、ちょっと待て」


 ウィリアムがコンソールを叩く音のみが暫し聞こえる。妖怪、日本に古来より巣食う怪異。時代が進み闇が消えていくも、それに反比例して闇はその濃さを増していた。この皇都にわだかまる闇は、人を喰らうのだ。それを狩るのが狩人と言う訳だが……。自国の闇についてぼんやりと考えていると、切羽詰まったウィリアムの声がイヤホンから響く。


「――何だこりゃ? まずいぞ、阿方家は殆どの妖怪派閥と敵対関係になっている」

「つまり?」

「劣勢。それ故に何にだって手を借りるって事だ」

「……阿方家が如何してそうなったのか、詳しい経緯を後でメールに送ってくれ」

「分かった。レポートを纏めて送っておくよ。ともかく道具が揃うまでは無暗に動くなよ。明後日には日本に付く筈だ。それまで実家で寛ぐが良いさ。それでは、良き狩り(グッドハンティング)を、狩人ハンター

「ああ、よろしくな」


 ビデオ電話の通話が切れると、晃人は淀みない動作で狩人協会本部への接続ソフトを消した。


 明後日から仕事を開始せねばならない。ダゴン秘密教団が動く前に目論見を阻止せねば必ず災いが起きる。何としても食い止めねばならないと、じっとモニターを見つめながら彼は暫し沈思していた。

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