表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

二話 帰宅途中

 深夜のバスターミナルでの再会は、須戸すとと名乗る女悪魔には思慮しりょの外に在った事だ。須戸が最も得意とする占星術も、所詮は占い。当たるも八卦、当たらぬも八卦。如何に悪魔である自分が行ったからと言っても的中率は8割弱だ。運命を読み切る存在などでは決してない。だからこそ、諦めの感情を抱きながら、何処か希望を抱いていた。


 それは苦しい事だ。この先、弟子である一ノ瀬晃人(いちのせあきひと)が死んだと聞くその日まで、何れは再会できると言う希望を抱きながら、ただ生きて行く日々続いたのだろうから。星見アストロジーでは、今宵出会えねば今生の別れと出ていた。これ以降、運命が噛み合わぬと。須戸は自身が下した占星の結果を、馬鹿なと一言呟き切り捨てた。だが、帰国を知らせる手紙が届き、心躍りながら、何処かで恐れながらその日を待っていた須戸には、無視を決め込む事が出来なかった。


 弟子が最寄り駅に来るであろと占星で出た時刻が近づくと、須戸は居ても立っても居られずに大きな鏡台の前に座り、普段は塗らぬ紅を塗り、持っている服の中で最近のお気に入りを纏う。黒を基調としたワンピースを白いフリルが袖やスカートを彩り、首元のリボンのみが赤と言う姿はブームも一段落して愛好家の身が纏うゴシックロリータ、所謂ゴスロリと言う装いだ。この国特有のカルチャーであり、須戸はこの文化を非常に気に入っていた。この文化が生まれてから、彼女は好んで身に付けていたため、久しぶりに帰って来る弟子も……晃人もこの姿ならばすぐに自分に気付くと言う確信もあった。


 一方で、須戸はそんな自分の浮ついた心を苦々しく思う。自分が霊格の低い低級な悪魔であれば、人間に恋をしようと、母親代わりになろうと、添い遂げようと大した問題にはならない。だが、一九年前のあの日から、全ての能力を取り戻してしまった自分達の様な高位悪魔には、人間と共に生きて行くような資格があるのだろうかと悩まざる得ない。――いや、憎悪からでもなく、復讐からでもなく全ての悪しき怪異の討滅を願う者の傍に居て良い筈はない。嘗て地獄において二十個師団を率いた己の様な怪異が、彼の傍に居て良い筈はない。


 しかし、何時ぞや出会った御使いは言った。神子《救世主》に救済された者が何を惑うのかと。あの大天使聖は……「告げる者」は柔和に笑いながら言った。確かに救済は成された。だが……いや、だからこそ、この心の奥底に抱き続ける欲望を抑えつけねばならない。これは、断じて愛ではない。愛などと人は呼ばない。


 須戸は夜道を歩き、家路につきながらも思考の迷路にはまり込んでいた。再び会いたかった、いとし子への思い。保護者としても愛しく、それ以上に共に歩く存在になり得た弟子と添い遂げたいと願う気持ちを十年前には自覚していた。だからこそ、欧州に渡れば怪異と戦う術は広がる、そう説き伏せて遠ざけようと思った。だが、晃人は真に怪異討滅を願っていたのだ。話を向ければ、既に幾つか当たりを付けていた旨を話してきた。ああ、自分等が余計な事をせずとも、彼は立派に巣立つのだと思い、笑った事が思い出される。その夜に人知れず涙した事も。


 その時に、自身の中の思いは変容した。変容したこれは、決して愛ではない。


(儂はこれを、愛とは呼ばない!)


 もし、あの時変容する前の感情を愛と呼ぶのならば、今のこれは絶対に違う。自分を忘れないようにと、その体に跡を残そうとナイフを振るうが如く、相手を傷つけかねないこれは……決して愛ではない。


 会いたかった。会うべきでは無かった。共に過ごした僅か五年の歳月を大事に余生を生きるべきだった。より多くの生を共に行きたかった。でも、望むべき事は晃人が将来自分を忘れない事こそが……。繰り返される思考。点滅する歩行者信号。黙していた肩に止まる梟が、双眸を見開く。


「赤」


 不意の相棒の言葉に、須戸は現実に戻された。一方で、まだ、何処か意識は思考の中になった。赤。赤い……。赤い――血。永遠に刻み込むには……。予期せぬままに、諦めた時に、愛すべき弟子と再開した彼女は大きくバランスを欠いていた。欲望が、鎌首をもたげる。封じられたイドの、性衝動と攻撃性の無意識化の貯水池の蓋が、こじ開けられようとしている。


 途端、逞しい指先が力強く、須戸の腕を背後から掴んだ。びくっと震えた肩に居た梟のラスはふわりと飛び上がると同時に、須戸の体は背後に引き寄せられ、その勢いのままに肩を抱かれた。ラスは須戸の肩抱く人物の肩に舞い降りて、止まると。


「信号。守れ」


 そう相棒である女より、僅かな高みから告げた。須戸は、自分の心臓が早鐘を打っている事だけが自覚できた。血が全身を巡る。巡る。想いと衝撃と共に。


「し、失礼しました師匠! しかし、流石に危ないかと――」

「――」


 須戸は、誰が肩を抱いているのか良く分かっていた。で、なければ、大人しく肩を抱かせたままに等なる筈も無かった。一方で、肩を抱いた方は大層緊張しているのが声の震えで良く分かった。


(まだまだ、子供か? 図体ばかりデカくなって……)


 須戸の胸中の声は、何処か楽しげだった。急ぎ離れようとする晃人の腕を掴み、微かに怒ったように、じろりと見上げて見せる。嘗ての面影色濃い男の眉尻が下がっており、やはり可笑しさと共に愛おしさがこみ上げてきた。


「ちと、寒い」

「――え?」

「寒いのだよ、晃人。止まっている間くらい温めてくれても良いだろう?」


 怒られるとでも思っていたのか、晃人は驚いたように微かに目を見開いたが、須戸の言葉を拒絶する事無く、少しばかり長い信号が変わるまで彼女の肩を抱き続けていた。須戸は、愛しい男に肩を抱かれながら、久方ぶりに感じる暖かな心地よさと、自分自身に言い訳を繰り返す居心地の悪さを感じていた。


 結局、家に戻るまでの数十分を須戸は温もりを感じながら戻ってきた。晃人に昔の様に手でも繋ごうなどと申し出て、半ば強引に手を取ったからだ。もしかしたら、異国の地で愛する女でもいるかもしれない。女に限らないかも知れないが。冗句めかして聞いてしまえば良かったのに、知るのが怖くて手を繋ぎ帰りながら、その手の問いかけは発せなかった。


「小火器は王立小火器工廠おうりつしょうかきこうしょうで生産されているNo.3 Mk.Ⅱ、通称エンフィールド・リボルバーです。弾頭には聖アンデレ十字を刻み付けた怪異専用弾で」

「左様か」


 結局仕事ぶりを聞くに留めた訳だが、晃人は武装について事細かに教えてくれた。悪魔である――否、大悪魔の一人である須戸であれば、用いる武器の細工を聞けば何に根差した物かはすぐに分ったが、拳銃とか武器その物のついては如何にも良く分からない。が、一生懸命に話す様子についつい口元がほころぶ。


「戦果を挙げているようで何よりだ。しかし、そうだな。プ、プライベートでは如何だ?」

「相変わらずゲームは良くやっております。ストームと言うパソコンゲームの権利管理とダウンロード販売のプラットフォームがお勧めです。是非に対戦しましょう」

「……何のゲームで?」

H・O・Lハート・オブ・ライオン4と言うシミュレーションゲームです」

「また、そのゲームか! 英国面は大概にせよと言うたではないか……。それにしても、4まで出たのか……」


 晃人の悪癖とでも言うべきか、彼は昔からゲームを大層好む。普通に遊ぶだけでは飽き足らず、海外のサイトを巡って改造方法を学んだりしていたようだった。現実準拠の文明興隆ゲームにファンタジー要素を追加したりしていたのを思い出す。旅立つ前によく遊んでいたのがH・O・Lと略されたゲームだった。一応、須戸も晃人と対戦するために遊んでいたが、最もそのゲームが得意だったのは梟のラスだった。ラスのドラッグ&ドロップ速度は凄まじく、くちばしでキーボードを軽やかに叩きリアルタイムで動き続けるデータを的確に処理していた……。


「しかし、4になってからは凄いんです。映画作成、配給のアカイラム社とのコラボDLCが発売されて、世界各国のナチの残党と戦えるんですよ。総統ロボがビーム出してきたりする奴とか」

「ナチはフリー素材ではないぞ! と言うか、ビーム兵器あるなら、枢軸国側が勝ってるだろう! ってか、ビーム兵器だぞ、勝っとけよ! 後、総統は面倒だから止めろ……」

「熱いビーム兵器推しですね……。後は軍艦に襲い掛かるサメの追加がメインです」

「サメ!? サメ映画の影響がここにも!?」


 何だか昔に戻ったような心地を覚える。晃人は天然な所があるのか、恍けた言葉を重ねる事も多く、それらを拾って言葉を投げ返すのが須戸には楽しかった。久しぶりに、誰かと会話している心地すら覚える。


(本当に、この馬鹿弟子は……)


 そう思うと、何故だか視界が濡れたように曇ってくる。気付かれぬ様にそっと、フリルの多い袖で拭い、彼女は告げた。


「ほれ、懐かしの我が家が見えて来たぞ。どの程度、滞在するのかは分からんが……用が済むまでは逗留するが良い」


 ずっと、居てくれれば良いのにと、心の奥底で呟く声を無視して、須戸は鷹揚に言い放った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ