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悪魔な師匠と魔狩りの弟子  作者: キロール
第一章 空飛ぶ要塞と悪魔たち
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十話 師弟対決

 三月の風に乗り、咲き始めたソメイヨシノの花弁がふわりと漂う。その最中に相対する二つの影。一人は黒いロングトレンチコートを羽織った男。風に煽られ、コートの裾を乱しながら、手に持つ太刀を下段に構えた。その太刀の名を獅子王、鵺殺しの恩賞の刀と呼ばれた怪異を殺めるための刃。源頼政が帝より下賜され、回り回って帝の宝物庫に戻った刀は、今は若き狩人の手にあった。


 刃長二尺五寸五分のこの太刀は、赤松家や土岐家へと巡る合間も怪異を斬り、今では薄らと赤みを帯びてきている。これこそが、怪異を多数討ち取ってきた証なのだと言う。その刃が、若き狩人が相対する人物に向けられているのだ。彼の師に。


 狩人の師は、大悪魔である。銀色の髪、褐色の肌、オレンジ色の日輪の如き双眸。背には威風堂々とした梟の翼を広げており、その全身を戦装束で覆っている。人類の鈑金技術が未発達な頃より、金属製の青灰色の全身鎧を纏っていたのだから、当時からすればその力は隔絶した物であったのだろう。その大悪魔もまた、手にする大太刀を下段に構えていた。相対する狩人とそっくり同じ構え。


 一際風が強く吹くと、一斉に咲き誇っていたソメイヨシノが散っていく。花弁の霧が、互いの視界を覆う時、狩人が仕掛ける。叫びも無く、嘆きも無いままに小さな呼気のみ響かせ一歩踏み込む。下段より切っ先がゆらりと煌めくと幾筋もの剣閃が煌めいたように見えた。数多の剣閃が、大地に止まる鷺の群れに石を打った際の乱れ様から名づけられた一撃の名を『乱れ白鷺』と呼ぶ。


 同時に無数を斬れるわけもない以上は、その剣閃の殆どは氣による偽物。だが、込められた殺気が全て本物であれば、相手は対応せざる得ないのである。だが、相対する大悪魔も同じ技の使い手。狩人に呼応するように一歩踏み込み、同じく無数の剣閃を煌めかせる。


 乱れ飛んだ殺意の白鷺は互いを相殺し合う。そして、本命の一太刀がかみ合えば大悪魔の持つ大太刀と狩人の持つ太刀がぶつかり合って火花を散らした。


 空中に舞い散る火花が消え去る前に、狩人は既に次の動作に移っていた。ぶつかりあった衝撃を感じる右手を引き寄せて、肩に担げば、刃を肩に水平にする。そして、一拍の間もなく肩から滑るように横薙ぎを放った。弧を描き飛来する一閃の名を、飛翔燕(ひしょうつばめ)。自身の肩から放たれた横薙ぎの一撃が相手の腰元を狙うかに見せかけ、不意に跳ね上がる一撃を開祖である丸谷小太郎(まるやこたろう)は燕に見立ていた。


 無論、狩人の師である大悪魔もその技を知っている。跳ね上がれば、顔を断とうとしたり、首筋を切り裂こうとする事も。故に、大きく踏み込んだ。一撃を防ぐよりも距離を削る事に彼女は腐心したのだ。弧を描く燕の如き一撃が脅威なのは切っ先であればこそ。刃元で受ければ一寸刻まれるだけだ。ましてや、鎧を纏っている大悪魔では然したるダメージにはならない。


 大悪魔の目論見通り、鎧と獅子王の刃元がぶつかり合い火花が散った。距離を削った事により首を狙った一撃は、肩辺りにぶつかっただけだった。とは言え、悠長にしていれば、すぐさま狩人は首を狙うであろう。が、大悪魔はそんな時間を与えはしなかった。接近すると同時に攻撃を行っていたのである。


 接近し、一撃を防ぐと同時に、狩人の鳩尾に向かって柄頭を叩き込んだ大悪魔は、その感触に驚いたように双眸を見開いた。確かに一撃を与えはしたが、まるで石でも叩いたかのような硬さを感じたのだ。視線と視線が交差する。オレンジ色の双眸と黒い双眸が交わり、そして……。


 狩人が吹き飛んだ。


 距離で言えば太刀の方が致命的な一撃を与えられた距離。柄頭で攻撃していた大悪魔は、そんな状況でも、拳のみの力で大太刀を翻し、刃を振り下ろしていた。吹き上がった鮮血が風に舞い散り、ソメイヨシノの花弁に交じって狩人の黒いロングトレンチコートを赤く染める。


 大悪魔は、倒れ伏した狩人を見やりながら、そっと手甲に覆われた指先で自身の首筋に触れた。手甲にはべったりと赤い血が纏わり付いていた。あの視線の交差の刹那に、狩人は首を狙い、大悪魔は体を分断しようと試みていた。


 互いが互いを好いていたと言うにも拘らず、一度戦いとなれば何処までも非情に勝とうとする。その性こそが、彼らの一番の障壁であったのかも知れないと大悪魔は微かに嗤った。何とも苦々しい笑みであった。


 そして、踵を返すと多いな声を張り上げた。


「このストラスは盟約を守ったぞ! 迎え入れるのが礼儀であろう!」


 その声が響くや否や、数名の力ある者達が姿を見せる。


 槍を携え、戦旗を掲げた騎士を思わせる姿や青ざめた馬に乗り蛇のような尻尾を持った屈強な女戦士の如き姿が。


「情深きお前が、何故に?」

「古き盟約に従ったまで。さあ、主の元に連れていけ」

「……良かろう」


 女戦士が何事かを唱えると、彼らの姿は薄くなり、そして今は姿を隠しているネブカドネザルの空中要塞へと瞬時に移動していた。


(さらばだ、晃人あきひと……。もう、会う事はないだろう。お前はしがらみ等に縛られずに、生き抜いてくれ)


 一つの重たい任務をこなした大悪魔は、胸中で呟いた。次の任務の方が至難を極めるだろうが、其方の方が今の状況を味わうより何倍もマシであろうと、微かに笑みを浮かべていた。



 後に残された若き狩人の得物、獅子王は桜の木の根元まで飛ばされていた。その柄には彼の利き腕である右手の肘から先が刀を離すまいとしがみ付いていた。それは、盟約を口にして敵方に付こうとした師を、愛する悪魔を離すまいとした彼の心情の表れのようでもあった。


 



 異様な僧形の男が奇怪な箱を両手に持ちながら、桜舞い散るその場所に足を踏み入れた時には、既に狩人の体も腕も得物も落ちてはいなかった。


「――先手を打たれたか。口惜しや、一之瀬の血族を屠れると思うたのに……」

「お姫様(ひぃさま)、その手で八つ裂きに出来る喜びは残ったと考えるべきではないかと具申いたします」

「……お前の方が、口惜しそうにも見えるがな、軍司」

「――否定は致しません。ですが、これで大きく時間は稼げましょう」

「此度の戦は、我らの勝ちぞ……」


 奇怪な箱の中から聞こえる声は、歓喜に震えていた。僧形の男もそれに同意しながら微かに笑みを浮かべて告げた。


「星辰の位置が揃うその時に、世界は水底へと。さすれば、後から来られる方々も、この星は王の物と判断されるでしょう」


 その時が、楽しみだと謳うように箱の中から声が響く。それは、勝利を手中にした支配者を讃える讃美歌のようであった。


 空中要塞に集い始めた悪魔たちは何を成そうと言うのか、水底に眠る恐るべき王の支配がはじまってしまうのか。そして、それらに対抗するはずだった狩人は、一体何処に消えてしまったのか。


 その答えを知らないソメイヨシノは、風に吹かれて震えながら花弁をまき散らしていた。いつまでも、いつまでも。

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