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一話 十年ぶりの再会

 肩に梟を止めた日本人離れした女が一人、駅の改札で人を待っている。銀色の髪に褐色の肌、纏う衣服は黒を基調としながらフリルの多い所謂いわゆるゴシックロリータと呼ばれる服装の女は嫌でも目立つ。だが、昨今のこの国の事情を鑑みるに、そこまで浮いてはいない。


 少しばかり風変わりな彼女は灰青はいあお色の瞳でホームから出てくる乗客の群れの中から、待ち人の姿を一心に探している。だが、その表情には期待の色も無く、また失意の色も無かった。ただ、冷めた視線で水流の様に一方向に進む乗客を眺めていた。


 ホームから出てくる乗客の列が途絶えると、女は軽く肩を竦めた。星見アストロジーではこの列車に乗っている公算が高かったのだが、外れてしまったかと。同時に、女の肩に止まっている梟が眠そうな目を開けて、一度だけ周囲を見渡し、再び眠たげに目を閉じた。時刻は既に23時を回っていた。次の列車が最終の筈だが、それに乗っている可能性は低い。


「ラスよ、夜行性の癖に寝るのか?」

「……」


 肩で寝入るように目を瞑った梟の様子に、女はそっと息を吐き出した。


 駅に隣接されているビルへの入り口を、軋む音を響かせてシャッターが下りていく。次の電車の発着を示す電光掲示板も、その多くは本日の役目を終えて何も映していない。ひそひそと仲間内で囁き合いながら、此方を伺う若い男達が視界に入れば女は口をへの字にして、再度電光掲示板に視線を投げかける。明け透けな欲望に晒されるのは面倒だ。


 故に、少しばかり司る()()を行使してやった。


 女に声を掛けようとした男達は、不意に彼等の持つスマートフォンが鳴り響き、思わず驚きの声を上げ、それぞれがスマートフォンを確認する。通信アプリの画面には、彼等の欲望に沿った文字が現れていた。結果が不確定なナンパに興じるよりは、お声がけがあった美女と一夜を共にする方が彼等には都合がよい筈だ。女が司る快楽、怠惰、そして放蕩の前では彼等の様な輩には抗う術もない。


 ここで注意すべきは、女はあくまでそれらを司っているだけで、そう言う性質ではないと言う事だ。他者に快楽、怠惰、放蕩を与えると言う事は、如何なることか? 客をもてなす一流ホテルのホテルマンが怠惰ではない様に、女もまた勤勉で生真面目な性分であった。


 思い掛けない幸運に喜びの声をあげ、若い男達は思い思いにその場から散っていく。後に残ったのは窓口の向こうで一日の終わりを感じ取り伸びをする駅員と改札傍に佇む女、それに女の肩で寝入る梟のみである。


 女は腰の隻眼のウサギを象ったポーチから白い紙箱を取り出す。箱の表面には「くれは」と赤い文字で記されているだけだ。箱の上部の銀紙を慣れた手つきで剥がせば、一本紙巻き煙草を取り出して、口に咥えた。そして、改札に背を向けて煙草に火をつけた。


 風も無くば燻る紫煙は、天井から時計が下げられた辺りまで立ち昇り、大気の中に消えていく。女が耽る快楽と言えば、精々が喫煙。煙草を吸い赤々と先端を灯らせて、ゆるゆると煙を吐き出す。パイプやキセルと違い風情は無いが簡便なのが紙巻き煙草の気楽さだ。


「……煙い」

「寝ていろよ、ラス。わしの楽しみを奪うでない」


 煙たさに嫌気がさしたのか、女の肩で眠りこけていた梟が驚くべき事に人語を操り小さく呟く。それに対して女が煙と共に吐き出した言葉は、古めかしいと言うよりは年寄り染みていた。少なくとも、ゴシックロリータを纏う年齢の娘が使う言葉とは誰も思うまい。


「来る?」

「今宵出会えねば、今生の別れかも知れんな」


 梟の言葉少なに、それでいて何処か切実な一言に、女は人生は常に別れが付き纏うと嘯き笑う。煙草を吹かす女の言葉には、諦めにも似た色が混じっていた。灰青色の双眸を、そっと閉じて瞼の裏に思い浮かべるのは、己の元を巣立ってからもう十年になろうかと言う弟子の姿だった。


 煙草を口に咥え瞑目したまま、慣れた手つきで携帯灰皿を取り出し、灰皿に灰を落とす。この国も、昨今は喫煙者に対する締め付けが厳しくなった。だが、それも仕方がない。一部の愚か者が喫煙者の地位の下落に大きく貢献しているのだから。この様な嗜好品は、価値が分かる者が嗜んでこそだと言うのに。そんな事を考えるも、閉じた瞼の裏には、若い青年の挙動が繰り返し、繰り返し映っている。まるで、映写機の様だと女は可笑しげに唇の端を釣り上げた。


 途端、何処か懐かしく愛おしい日々の追憶を掻き消す音がポーチから響く。鳴り響くメロディは「怒りの日(ディエス・イレ)」。今は、モーツァルト作曲の物だ。ヴェルディ作曲の物は女の最近の気分には沿わない。あれ程の闘争心を煽る様な曲調を、また好むようになるのかは今の女には甚だ疑問だ。


「――もしもし」

「不機嫌そうだな――今は須戸すとと名乗っているのだったか?」

「貴様の声を聞き更に気分を害したぞ、何用だ?」

「連れないな、同じ王に仕えた仲ではないか」


 聞こえてくる美しくも軽薄そうな女の声に、不機嫌さを隠しもしない女はスマートフォンを梟が止まる右とは逆の左肩と耳で挟み込み、煙草を灰皿に苛立たしげに圧し潰して消した。


西()()()()の話なぞするな」

「――そうだったな。我らが斯様(かよう)に活動できるのは、神子(救世主)のおかげだ。彼にだけは私も敬意を表さざる得ない」

「神には反逆してもか? お前が「明けの明星」ほどに理想を抱いてはいなかっただろうに」

「ふふ、出世が望めない天上で燻るよりはと思っただけだ。おかげで、今は地上で好きにできる」


 楽しげで軽薄そうなスマートフォン越しの声に苛立ちながら、女は近くのベンチにまで赴き腰を下ろして背凭れに片手を掛け、足を組んだ。こいつが連絡を寄越すと言う事は、碌な事が起きない。だが、話を無視できる段階は過ぎている可能性も高い。


「中世にはお前が神子(救世主)を訴えたと言う書が出回っていたが?」

「教会はすぐに我らにレッテルを張りたがる。真実を異端として片付けてしまったのだから困りものだ。神子(救世主)の愛は、我らすら救済した。明けの明星も素直に救済を受け入れればよかったのに」

「奴は恥を知っているだけだ。それに、自身と共に裏切り者共を苛む役目を自ら担ったのだ」

「ユダにブルトゥス、カッシウスか。連中はこの****をもってしても度し難い」


 スマートフォン越しの声が自身の名を告げた瞬間にザリザリとノイズが走り、その名を聴き取れなくした。


「――ふふ、失礼。この「不正の器」をもってしても度し難いのさ、連中は」

「狩人協会の理事の一人がその名を名乗るのはどうかと思うが……それで何用だ?」

「相変わらず話に付き合ってくれる君は真面目だな、須戸すと。さて、本題だ、君のいとし子にも関わって来るぞ」


 スマートフォン越しに告げられた言葉に、女は灰青の双眸を細める。誰について語っているのかすぐに理解したが、何故こいつが知っているのか? その事を問い質そうと口を開いた瞬間、向こうが機先を制し言葉を操る。


「当人から聞いたのだよ、君の弟子だと。見事な狩人に成長しているぞ、旧き者共に届きる猛者に」

「……会った、と?」

「安心したまえ、手は出していない。下手に出したら地獄に落とされそうな凄味が、彼にはあるね。良く手名付けたものだな。ただ……」

「何だ?」


 スマートフォン越しの声が陰るのを聞き、女は眉根を寄せた。男女ともに魅了する声の持ち主と謡われる通話相手が声を陰らせる等、余程の事だと。そして、その予感が事実である事を知らせる言葉が聞こえた。


「奴に出会ってしまった、「不敗の剣王」に」

「よりにもよって「色欲」にか!」

「しかも、本性を見てなお、師の同僚と言う事で丁寧に応対した。そのおかげで酷く気に入られたぞ」

「――馬鹿弟子が。一体、何故、出会ったのだ……魔術の才など無かった筈だ!」


 思わず荒げた女の声は、人気のない駅周辺に無駄に響く。その響き様に思わず首を竦めた梟を見かねてか、女は声のトーンをすぐさま落とした。しかし、苛立ちは既に頂点に達しようとしていた。通話相手も大概だが、話題に出された相手こそ問題だ。並の聖者ならばいとも容易く堕落させるあやつに目を付けられては……。スマートフォンを握る指先に力がこもり、自身の指先の汗ばむ感触が不快に思えた。


「旧き者共相手の共闘さ。確かに懸念事項だったが、彼は何も変わらず狩りをやり終えた。流石は君の弟子だ、真面目に怪異を狩る」

「それは、生まれながらの素質だ」

「なるほど、地に眠る玉を見つけたのか、羨ましい限り。さてっと、話題がそれたな。君のいとし子に伝えておくれ。日本皇国においても教団の暗躍が確認されたと」

「なに?」

「それだけ伝えてくれれば良い。彼が動けば君も動くだろうからな、須戸すと。嘗ての同僚たちの中で私の長話に付き合ってくれるのは君くらいだ、ありがとう。それでは、良き狩り(グッド・ハンティング)を」


 一方的に言葉を連ねて、スマートフォンの通話が切られた。気付けば終電もすでに駅について発車して久しい。少しだけ発熱しているスマートフォンを耳から離して大きく息を吐き出すと、女はひとちた。


「伝えろと言われてもな、何処で何をしているのやら」


 そう呟いた言葉は静寂の中で、先程の紫煙と同じように大気に消えた。肩に乗った梟に帰ろうかと告げて立ち上がる。女の孤影は闇より深く、駅から離れていく。女が駅前のバスターミナルに足を踏み入れた時、長い影法師を認めた。……鍔の広い帽子やコートを纏った影はあからさまに怪しい。同属か、カルトか、或いは……。そんな事を考えながら、自然と俯いていた視線を上げる。と、其処には見知った顔の、青年の域を脱しつつある男の姿があった。


須戸すと師匠、晃人あきひと戻りました」


 帽子を脱いで胸の当て、深く一礼する所作は、自身が叩き込んだ礼儀作法そのもので。女は少しばかり呆気に取られてから、微かに唇の顔を吊り上げて。


「遅いではないか、馬鹿弟子が」


 そう笑った。

作者初の恋愛主軸の現代的近未来ファンタジー。

拙い点も多々あるかと思いますが、よろしくお願いします。

また、お気に召したらブックマーク、評価なども合わせてお願いします。

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