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93 白馬の戦い 後編

 ある晴れた日、関羽が白馬津に向けて進発したとの報せが入る。が、これは予定通り。関羽は手勢を連れて顔良が守る砦に姿を現した。顔良は大喜びで関羽を出迎えるべく単騎、外に出た。感動の義兄弟の再開なのに何故劉備が出て行かないのか不思議だった。何かそういうしきたりがあるのかなと審判は思った。関羽を出迎えた顔良は馬上で恭しく拱手し、関羽もこれに応じる。二人の様子は審判も砦の門の上で見ていたが、終始、穏やかなムードだった。顔良は大袈裟に身振り手振りで関羽に何か語りかけ、関羽も美髯を撫でながら笑顔で応えている。やがて二人の挨拶も終わったようで、顔良が関羽を招き入れるべく馬首を返したその時だった。関羽が青龍刀を顔良の背後から一閃。顔良の首は宙を舞い、それを拾い上げた配下と共に関羽はすぐさま、引き揚げた。審判は、いや、その場にいた全ての者が理解できなかった。肝心の劉備も何故、関羽があのような凶行に及んだのか分からないと言う。兎に角、顔良の死は一大事だ。劉備はことの次第を袁紹に報告し、指示を仰ぐと言ってさっさと白馬から引き揚げた。審判達は突如大将を欠いたまま戦場にとり残された。この間、曹操軍が攻めてきたらと戦々恐々だったが、幸いそれはなかった。だが突如、延津方面軍壊滅の報が入り、白馬津を捨てて撤退せよとの命令が下った。曹操が自ら攻め込んで来るというのだ。審判は訳も分からぬまま撤退戦をやらされる羽目になったが、安全なところに配置されていたため無事、鄴に逃げ帰ることができた。そして事実を知った。

 白馬津から鄴に戻った劉備は言葉巧みに袁紹を丸め込み、逆に軍を授かって延津を攻める文醜軍の応援に向かった。顔良を失った袁紹は白馬津を諦め、延津から攻め込むことにしたのだ。が、これは曹操に読み切られており、延津を守る干禁と合流し、文醜軍を撃破。将軍文醜は戦死。雷天も行方不明となった。曹操は返す刀で白馬津に攻め込んだのだ。にも拘らず、またしても劉備はいち早く延津から脱出。今度は荊州の劉表の協力を取り付けると共に、汝南郡の黄巾六頭目の一人、劉僻と合流し、曹操の後方攪乱を行うなどと言って河北から出て行った。

 後になって分かったが、劉備は端から袁紹に協力する気などなかった。ただ保身のために近付いただけだったのだ。更にその際、曹操に降った関羽と連絡を取り、顔良を討たせることにより、曹操から受けた恩義を返させるお膳立てまでした。その一方で、劉備、顔良のような軍閥を快く思わない謀臣達は体のいい厄介払いができた。単純な顔良は劉備の思惑、袁家の力学の生贄にされたのである。

「これが、私が考えうる限りの、顔良殿の死の真相です」

「つまり、あ奴は劉備玄徳に嵌められたと言う訳か」

「顔良殿は袁紹の配下になるよう、何度も劉備に働きかけていたそうです。しかし、人の下につくことを良しとしない劉備にとってはそれが邪魔だったのでしょう。顔良殿は好意でしたことだったのでしょうが」

「ふん。大方、自分の派閥でも作りたかったのであろうよ。いかにもあの豎子の考えそうなことだ」

 息子に対してあんまりな物言いではないかと思ったが、その理由はすぐ明らかになった。

「まあ、息子と言うても親族から貰うただけの義理の息子だ。今更そんな話を聞いたとて、大して何も感じぬわ。あ奴の武力だけは買うておったがの」

 顔琉はそう言って立ち上がり背を向けた。しかし、顔良の名を出したときのあの怒気は何だったのかと審判は思う。本当に顔良に対する愛情は希薄なものだったのだろうか。そもそも顔琉が放浪し、顔良が袁紹の配下になるほど道を違えたのは一体何故なのだろう。だが、今の審判にそこまで詮索する余裕はない。

「では、曹操の暗殺に協力して頂ける件は」

「聞いちまったからには引き受けぬ訳にはいくまい。だが、今回ばかりは助けてやれる保証はないぞ。やるからには命を捨てる覚悟でやるのだな」

 審判は深々と頭を下げた。

「度し難い愚か者だ」

 顔琉はそう吐き捨てその場を後にした。それは息子、顔良のことか。いや、きっと自分のことだろうなと審判は思ったが、やりきれない顔琉が自分自身に向けて言ったのだと、後に知ることになる。

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