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86 武人対倭人

「海渡りし倭国の戦士、額彦命。張遼さんに、一騎打ちを申し込む」

 審判は脱力した。いつかの顔琉の一騎打ちを見て、それを真に受けているのだ。確かに古の伝説的な一騎打ちの逸話はあるが、今の時代、そんな芝居がかった武勇伝など通用するかと。だが張遼は配下を下がらせ、烏丸も距離を置いた。戦闘は一時収まり、張遼の表情から高揚しているのが分かる。審判は夢でも見ているのかと思った。戦など人間が行う最低の所業であり、止めようがない猿以下の殺し合いではないか。それが二人の武人によって暫し収められた。敵味方問わず、皆が固唾を呑んで二人を注視している。もしかすると、時代が変わったと思っていたのは自分だけで、今、自分は知らず伝説の時代を生きているのではないか。審判はそんな感覚を覚えた。

「并州は雁門の出、張文遠。その申し出、受けて立つ」

 張遼が吠え、額彦命との距離を一気に詰める。額彦命は心配だが、敵味方が凍結している今が好機と審判は冒頓の傍に駆け寄る。冒頓の体は相変わらず馬の背に沈んでいたが、馬の様子から意識はあるようだった。敵兵の動きがないのを幸いに、審判が馬を横に付けると冒頓は吐血し、苦痛に顔を歪めていた。横目で審判を認めると笑みを浮かべ、

「おお、子弟殿か。済まぬな、不覚を取った」

 言うなり冒頓は再び顔を歪めた。内臓系か骨をやられた可能性が高い。

「冒頓殿、無念でしょうが退きましょう。相手が悪過ぎました。血路はみどもが開きます」

「申し出有難いが、あの将相手にそれが果たせるかな。退くなら額彦命殿を助けられよ。儂はここまでのようだ」

「何を弱気な。今しばらく耐えれば顔琉殿が合流します。気をしっかりお持ち下され」

 父の審配といい、冒頓といい、完膚なきまで叩きのめされた者は心まで折れてしまい、自暴自棄になるようだ。審判は冒頓を励まし続けた。

 張遼と額彦命の一騎打ちは既に始まっていた。張遼の容赦ない打ち込みを額彦命は巧みに馬を操り打点をずらす。額彦命としては反撃に出たいところだが、張遼の攻めは徹底しており容易ではない。張遼が勝負を決めるべく青龍刀を薙いだ。が、突如額彦命の姿が張遼の視界から消えた。落馬。いや、自分から落ちたようにも見えた。張遼の思考が僅かに停止した次の瞬間、再び額彦命の姿が馬腹の影から現れ剣を一閃。不意を突かれた張遼は二の腕を浅く切られた。

 ぬかったと張遼は思った。額彦命は馬の脇腹に体を預けて身を隠していたのだ。一瞬の出来事であったため、何が起きたか判断できなかったのだ。並走して打ち合っていた両者は離れ、互いに馬首を正対させた。正面からの打ち合いに移行したのだ。周りの者は皆、この一騎打ちを見守っている。

「戦っておるな。あの恐ろしい男と、額彦命殿は必死に」

 冒頓が二人の戦いを見てそう呟いた。

「あの御仁を死なせては烏丸の名折れ。どれ、儂の命、もうひと踏ん張りさせるとするか」

 冒頓は体を起こし、鉄斧を構えた。だが審判は二人とも、ここで死んではいけないと思った。死なれては困るという、打算以外の何かがあったのだ。

 額彦命が馬腹を蹴り張遼に突っ込む。応じて張遼も馬を飛ばす。両者の距離が詰まった時、張遼の打ち込みと同時に再び額彦命の姿が馬上から消える。張遼の青龍刀が空を斬ると、額彦命が死角から斬り掛かった。

「同じ手を食らうかッ」

 額彦命が打ち込むより早く張遼は青龍刀を返し、柄で額彦命の胴を抜いた。鈍い音が響く。咄嗟に額彦命は剣を両手で構え防いだものの、体ごと吹き飛ばされ地面に落ちた。

 額彦命が体勢を立て直すまで張遼は敢えて動かなかった。その間、冒頓、審判の二騎が並走して突っ込んできた。

「張遼ッ」

 冒頓が張遼に打ち掛かる。振り向きざま張遼が青龍刀を一閃。真っ向から袈裟斬りにすると、冒頓も力なく地面に落ちた。

 張遼の意識が冒頓に向いていたときだった。背後から審判が距離を詰めていた。張遼、これも迎え撃つべく身構えると、突如審判は剣を投げつけた。張遼は難なくこれを叩き落すが、その間に審判は張遼の懐に飛び込み、気合を発して馬から跳躍。横っ飛びで張遼に体当たりをかますと二人はもつれ合って地面に落ちた。両者無手となり、砂塵の中を暫し揉み合っていたが張遼がマウントポジションで審判を組み伏せた。

「小童。何と心得おるか」

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