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84 騎馬民族、舞う

 隠し砦の位置を気取られぬよう行軍は細心の注意を払う。深い山中の抜け道を数日かけて進み、柳城を臨む曹操軍の包囲の背後に出た。折りしも曹操軍は正門を攻撃しており城内の烏丸も必死の抵抗をしているのが見て取れた。主攻軍に斬り込んでいけば敵の虚をつけそうなものだが周囲に展開する部隊が厄介である。冒頓は斥候を放ち、付け入る隙を探らせた。すると張繍軍が再編されたと思しい軍に綻びが見られるという。そこを突破できれば主攻軍の総大将、張遼は目の前である。

「敵は軽騎兵と軽装歩兵を主力に据えており、これは我が騎馬軍団の敵ではない。軍の規模も決して大きくはなく、張遼を討ち取れば曹操は二将を欠いたことになり、一旦、兵を退くであろう。この一戦、烏丸の存亡を決めるものと心得よ」

 冒頓が配下を鼓舞し、自ら先陣を切るべく、第一軍を率いる。審判、額彦命もその軍に加わり冒頓の護衛を志願。粛と顔琉は万一に備え殿軍で後詰めに当たる。

 軍の編成も終わり、いよいよ出陣の戦鼓が鳴る。城攻めを行う曹操軍の側面から、烏丸の軍が一気に山を駆け下り、速攻を仕掛けた。

 城に意識を集中していた曹操軍は不意を突かれ対応が遅れる。弓兵部隊が牽制射撃を行うも、城攻めの工作部隊に毛の生えた程度の弓矢など彼ら騎馬民族には足止めにもならない。巧みな手綱捌きで矢弾を潜り敵陣に突入。老いたりとはいえ、冒頓の気迫は凄まじく、曹操軍の歩兵を得物の鉄斧で打ち払う。その勢いに乗じ、後続の騎兵も次々と敵を蹴散らす。その中でも白眉だったのが審判と額彦命だった。それを認めた冒頓、

「ははは、やるではないか。我らの騎馬について来るとは。腕も良い。さすがは顔狼牙の子弟殿よ」

 別に子弟ではないのだが、烏丸では何故かそういうことになっているらしかった。

 曹操軍の騎兵の数は多くない。斥候の報告どおり部隊の連携が甘く、歩兵主体で突破は難しくはない。一軍を率いる将、張繍不在のためと思われた。敵軍の僅かな隙間から主攻軍の本陣、張遼軍の姿が見えた。

「額彦命。本陣に届くぞ」

 審判が傍で奮闘する額彦命に声をかけた。

「はい。でも油断駄目ね。本陣の守り、こんなに甘くない筈」

 戦場の熱に浮かされない、頼もしい男である。審判は柳城に眼を遣った。冒頓の乱入で城壁上の守備兵が息を吹き返し、城壁に取り付く曹操軍に必死に抵抗している。城門は堅く閉ざされたままだが、その向こうに袁尚はいるのか、いないのか。どちらにせよ、張遼に打撃を加え、一旦包囲を解かせ、柳城に入ればはっきりする。

 冒頓はついに敵軍の突破に成功。目の前に張遼の本陣が現れた。

「敵本陣はもう目の前だ。この勢いに乗り、一気に屠るぞ」

 冒頓が勇ましく先頭を走る。確かに、ここまで大した被害もなく敵を圧倒している。城を包囲する一軍を抜いただけだが、心理的な効果は大きい筈だ。張遼とて、まさか本陣への侵入を許すとは思っていまい。審判は微かに勝利を意識した。白馬津の初陣から今日に至るまでの、初めての勝ち戦を。

 本陣の守備はさすがに厚い。が、冒頓は委細構わず前進する。審判、そして烏丸の騎兵もその勢いに乗る。敵守備隊を蹴散らし、一気に張遼を目指す。

 幾重の防衛線を突破し、ついに冒頓は本陣中央に到達。が、そこに敵の姿はなかった。中央は台風の目のように空間が広がり、静けささえ感じた冒頓は馬を止めた。

「何だ。これは。張遼はどこだ。ここは敵の本陣ではないのか」

 冒頓は戸惑いを隠せない。脇を固める烏丸の兵も、額彦命も同様である。が、審判だけは既視感を感じていた。倉亭の戦いで、もぬけの空になっていた干禁の陣で蜘蛛の巣に絡めとられたような嫌な感じを。

「冒頓殿、ここに留まるのは危険です。このまま直進し、すぐにこの場から離れるのです」

 再編された張繍軍の動きに怪しいところはなかった。しかし、張繍軍が抜かれることを張遼が見越していたならば。冒頓を引き込むために味方まで欺いていたならば。

 冒頓が再始動をかける前に太鼓が鳴った。前方の敵軍が左右に割れると、その間から張遼の旗印を掲げた軽騎兵の一団が現れた。


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