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83 彭越

 遡ること四百年前、楚漢戦争に勝利した高祖、劉邦が皇帝となった後、度々漢に侵攻し、国境を脅かした騎馬民族の単于の名を冒頓単于といった。果たして冒頓単于が烏丸族だったかは定かではない。が、北方の騎馬民族にとっては英雄である。とはいえ、四百年前の人物である。烏丸の冒頓がその子孫とは、ちょっと考えにくい。古の英雄にあやかってその名がつけられたか、現代の歌舞伎のような、襲名の習わしがあるのではないか。審判はそんな風に思った。

 商山での審判達の待遇は思いのほか良かった。元々、狩猟民族である彼らは山の幸を上手く利用し、食には不自由しない。暫くすると粛と額彦命は狩猟に同行し、甄梅はやはり烏丸の女達に溶け込み、仕事を手伝うようになった。

 審判は烏丸から顔琉の過去を聞くことができた。想像した通り、顔琉は義賊の親分であった。だが、最初からそうだった訳ではない。幽州北部を酷い寒波が襲い、飢饉が起きた。にもかかわらず中央は宦官勢力の濁流と、中央官僚からなる清流による権力闘争の場と化しており、重税が免除されることもなく人道的支援もなかった。土地柄、異民族との交流はあったが異民族にも不逞の輩はいるもので、馬賊が襲撃しては人が人を食らう、地獄の様相を呈していた。民は協力して立ち上がった。その際、請われて首領を引き受けたのが武芸の心得のあった顔琉であった。彼らは根城とした山の名から白狼山と呼ばれ、近隣の城を襲撃。食料を次々強奪し、白狼山に集う者は万にも及び、そこに烏丸族も加わって官軍が討伐に派遣されても返り討ち。首領、顔琉は顔狼牙と恐れられ、白狼山はたちまち大勢力となった。だが数年経ち、黄巾の乱が起き、一年でこれが鎮圧されると風向きが変わってきた。

 黄巾討伐に中央が募った義勇軍が正式な官軍の地位を求めて各地の賊の討伐を始めたのだ。最初のうちこそ白狼山はこれも撃退していたが、義勇軍の殆どは元農民だった。農民と農民が武器を手に取り殺し合う、狂った構図が生まれると白狼山に迷いが生じた。だが、彼らは後戻りできないところまで来ていた。今更農民に戻るには暴れ過ぎたのだ。

 顔琉は白狼山を引き連れ黒山賊に加わることとした。拠点となった白狼山は烏丸族に託して。かくて幽州に安定が戻り、白狼山は烏丸族の聖地となったのだ。

 審判は顔琉の不器用さにかつての友、雷天を見た。両者、腕っ節では人後に落ちないが、世渡りできぬタイプである。雷天も今や干禁軍の副将として飛ぶ鳥落す勢いではあるが、そこに至るにはやむにやまれぬ事情があり、先は誰にも分からない。やはり四百年前、楚漢戦争の英雄の一人、彭越にも顔琉は似ていると思った。彭越もまた、周囲に請われ旗揚げした侠客であった。彭越党はたちまち勢力を伸ばし、劉邦の覇業に大いに貢献したものの、その力を恐れた劉邦の妻に無実の罪を着せられ処刑されている。戦には滅法強かったが治世を渡る感覚に欠けていた。果たして雷天は無事、乱世を乗り切れるのだろうかと、思いを馳せた。

 数日が経ち、砦に物々しい空気が流れた。曹操軍の主力軍のひとつを率いる、

 張繍。

 という将軍が陣中で病没したというのだ。

 この機を逃す手はないと烏丸は奇襲をかけるべく戦支度を始めたが額彦命は危機感を募らせた。

「奇襲は普段に行って効果がある。敵将が病死したのが事実としても、曹操が何の備えもしてない筈ない。これ奇襲ならない」

 だが冒頓は焦っていて聞く耳持たない。曹操は降服条件に蹋頓単于の首を要求しており、時間が経てばいつ、蹋頓単于が開城するか分からない。異民族の彼らは帰順させても、いつまた離反するか分からない。そのため、武力で平定する際は徹底的に無力化させる必要があるのだ。それは北方の騎馬民族を悉く打ち破り、漢の黄金期を築いた武帝の功績が証明している。

 烏丸は騎馬を揃えて出陣した。審判達もこれに加わるが、額彦命の助言で奇襲が失敗したときに備え、被害を最小限に抑えるための従軍である。顔琉も先陣切って戦うつもりはないようだった。


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