82 途絶えた足どり
彼らは顔琉の協力の申し出を期待していただけに、肩透かしを食ったようだ。顔琉が咳払いしつつ、適当にごまかす。
「ああ、うう。実は儂らもゆえあって曹操に追われる身の上なのじゃ。で、この幽州に逃げたついでに、お前さん達の顔を見とうなってのお」
審判は額に手を当てた。顔琉に交渉術や駆け引きを期待するのは無理らしい。堪らず粛が割って入った。
「俺達、袁尚軍の敗残兵なんスよ。曹操軍に追われていたところを顔狼牙に助けて貰って。んで、袁尚殿が烏丸と合力して曹操を迎え撃ってるって話を聞いて、ここまで連れてきて貰ったんです」
すると顔琉が尻馬に乗る。
「そう、実はそうなのじゃ。申し訳ないがお前さん達の戦に加わりに来たのではない。それにこの戦、どの道、勝ち目は薄そうじゃしのお」
この言葉に烏丸の者達は皆、落胆した。が、審判が横槍を入れる。
「待って下さい。袁家に属する我々は貴方方の味方です。微力ながら共に戦いましょう」
「おい、豎子」
審判の意を計りかねた顔琉が口を挟むが、審判は烏丸への協力を申し出た。これに烏丸は少し元気を取り戻したものの、士気が上がるほどの効果もなかった。会議はお開きとなり、五人にはそれぞれ小さいながらも宿舎が用意された。そこへ向かう途中、顔琉が審判に問い質す。
「烏丸の戦に関わるなど、一体、どういうつもりだ。并州を出てからこっち、様子がおかしいぞ」
「申し訳ありません。ただ、曹操に攻められ、疲れきっている彼らの姿が鄴の民や青熊と重なって見えたもので」
粛も手を頭の後ろに組んで言った。
「それに、袁尚の足取りも途絶えたしなあ」
額彦命が疑問を呈した。
「でも、ここに来るまで、確かに袁尚が烏丸を頼った噂、何度も聞いたよ。あれは何だったか?」
この疑問に甄梅が答える。
「曹操軍が流布したものかもしれない。烏丸の人達を攻め滅ぼすために」
審判が頷く。
「張飛燕は言ったんだ。袁尚は袁熙と遼西へ向かったって。俺はそれをてっきり烏丸のことだと解釈した。袁尚は蹋頓単于を矢面に立たせたとも聞かされたからね。でも、それが烏丸を盾にして、遼東へ逃げたと言う意味なら嘘は言ってない。でも、袁尚がアテもなく公孫康を頼るとも、ちょっと思えない。兎に角、今は情報を集めるのが先だ」
顔琉が渋い顔をして言う。
「儂から言わせて貰う。張飛燕は善人ではない。嘘と分かる嘘など言わぬ。情報を巧妙に操り、人を惑わす術に長けておる。まともには受け取らん方が良い」
「私もそのつもりです。が、今は他に手懸りがありません」
五人の間に暫しの沈黙が流れる。と、甄梅が口を開いた。
「ところで烏丸の人達と顔琉さんはどういう知り合い? みんな、顔琉さんのこと、英雄みたいに見てた」
「たいしたことではない。昔、同じ釜の飯を食った間柄だ」
だが、審判には分かる気がした。白狼山の顔狼牙は官府、役所を襲い、官軍を返り討ちにする一方で民衆には施す義賊だという噂もあった。烏丸族も施しの対象か、互いに協力して官軍と戦った仲なのかもしれない。顔琉が突然黒山賊の張牛角と義兄弟の契りを結んだのも、そのあたりに関係がありそうな気がした。すると粛が言った。
「やっぱり爺さん、顔狼牙だったんじゃねえか。じゃ、曹操が布陣する白狼山も熟知してるってことだよな。奇襲かけるんなら額彦命もいるし、心強いよな」
この言葉に審判は、はっとした。以前、脳裏を過りながらあまりにも突飛な考えに、すぐその可能性を否定したが、あの考えを実行できるのではないかと。并州を脱出するとき、今の自分にできること、と、閃いた考え。それは即ち曹操の暗殺である。




