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80 烏丸族

 翌日、喜の村人達に惜しまれつつ一行は発った。夏が近いとはいえ、北方に吹く風は心地良かった。いくつかの村を経由して、大したトラブルもなく袁熙の居城であった故安の城に辿り着いた頃には秋の風が吹いていた。曹操にひと月ほど攻められ、落城したと聞いたが城内は整然としており、ついこの間まで戦争をしていたとは思えなかった。城の住民達も曹操の政治を受け入れており、袁紹、袁熙の治世よりも満足し、戦後復興に向けて活気に満ちている。袁家の元では戦争で徴発されるばかりだったが曹操は民の生産活動を奨励しており、この方針は鄴の攻略から一貫していた。曹操の勢力下におかれた地域の住民はその政策に諸手を挙げて賛同し、曹操の北伐を水面下で支えていた。審判は何故、曹操がここまで北伐を順調に推し進めてこれたのか分かった気がした。為政者は民衆に生きる希望を抱かせなくてはいけない。小手先の人気取り政策ではすぐにボロが出る。袁紹がその典型だった。戦を起こし、領土を広げる。最初こそ民は熱狂したが、そこには肝心の民の視点がない。戦に勝利しても民の生活は苦しくなるばかりで具体的な将来像もない。ただ、支配欲と自尊心を満足させただけだ。だが為政者にしてみればやりがいのある仕事ではあっただろう。他方、民の自立を促し、生活の基盤を整え、明日への希望を持たせる作業はなんと地味で煩雑なことか。が、民が為政者に望むのはその程度のものである。民は明日への希望さえあれば為政者など誰でも良く、英雄など必要としない。

 故安城で情報収集を済ませた審判達は袁尚の近況を知ることができた。袁尚はやはり烏丸の本拠、柳城に蹋頓単于と共に籠り、曹操の攻撃に耐えているのだという。曹操は柳城の近く、白狼山に陣取り、落城は時間の問題と思われた。曹操の主攻軍を率いるのは、

 張遼。

 という、後に曹五龍の筆頭となる人物であり、元、呂布配下、八健将の一人だった。また、軍師として従軍しているのは曹操に最も信頼されているという郭嘉であり、曹操の北伐を立案した人物でもある。

 北伐の遠征軍と聞くと大規模な軍団を想像したが、郭嘉は速戦即決を狙い、軽騎兵を中心に軍を構成。輜重隊も後方に配備し、各地の烏丸の拠点を次々攻略。やっと曹操の侵攻に対応できたときには本拠地への侵入を許すという有様だった。

 神速をもって烏丸を圧倒した曹操軍ではあったが、軽騎兵を主力としたため攻城戦になると勢いは止まり、柳城を攻めあぐねているという。急ぎ柳城に向けて出立した審判達は万里の長城を越え、紆余曲折ありながらも年をまたいで建安十一年二月、幽州の北、柳城に辿り着いたものの城は堅く閉ざされ城壁の周りには曹操軍が幾重にも包囲し、ただただ、遠望するだけであった。

「何てこったい。あの城ん中に袁尚がいるってえのに、手も足も出せないなんて」

 喜を発つとき、審判の心変わりを聞かされた粛も袁尚を足腰立たなくなるまで殴打する気満々である。

「仕方ない。烏丸の隠し砦に向かうとするか。白狼山に曹操が陣取っておるなら、大方の見当はつくわい」

 顔琉に案内され、一行は商という山にある烏丸の拠点に入った。山中深くに築かれた砦は曹操軍に発見されることもなく柳城を防衛する別働隊の拠点として機能していた。

「待て。貴様ら一体何者だ。どうやってここまで来た」

 砦を守る兵士達が審判達を見て殺気立った。すると顔琉が前へ出た。

「若いのお。心配するな。曹操軍の斥候ではない。ま、この面子を見れば兵士にも見えまい。この砦を仕切っておる奴に伝えてはくれんか。顔狼牙が厚顔にも舞い戻ったとな」

 五人を取り囲んだ兵士達は皆驚き、顔を見合わせ、口々に顔狼、顔狼とその名を囁き、暫くすると砦の中から年嵩の男達が現れ、その中の一人、頭らしき男に向かって顔琉は手を挙げた。

「おお、久方ぶりではないか。冒頓。暫く見ぬ間に随分老けたのお。いや、ということは、儂もそうか。はっはっは」

 哄笑する顔琉を見て、冒頓と呼ばれた男はみるみる涙を流し、その場に跪き、周りの男達もそれに倣った。

「顔狼牙。よくぞ、よくぞ我らの危急に駆けつけて下された。我ら曹操軍の猛攻に晒され、半ば諦めかけており申したが、顔狼牙が来て下されば百万。いや、千万の援軍を得たに等しきことなれば、なんの、まだまだ戦え申す」

 冒頓が口上を述べると周囲から歓声と泣き声の入り混じった叫びが上がる。皆、顔狼、顔狼と喜びを露にした。

「粛さんの言ってたとおり、顔琉さん、顔狼牙だったね」

「だろ? 別に隠すこともないと思うけどなあ。けど、なんか俺達も偉くなったみたいで悪い気はしないよな」

 粛と額彦命が暢気なことを言っている間も、やはり甄梅の顔色は冴えない。顔琉の来訪を喜ぶ烏丸を見ていると、審判は一抹の不安を覚えた。


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