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79 待つ者、帰る者

 楼閣の外は賑やかな町並みが広がり、下手な街より活気に満ちている。賊の本拠地とは思えぬ、むしろ治安の良い城邑然としていた。顔琉は審判を待たせ、両替商に入っていった。銀行、郵便局のような仕事を扱う店で、西洋のギルドのような役目も担う。暫くすると顔琉が金を数えつつ出てきた。

「お前の母者から受け取った手形を換金してきたぞ。これで殆ど使い切っちまったが、暫くは糊口を凌げるだろう」

 そういえばと、顔琉は結構金回りがいいのを思い出した。今まで気にも留めなかったが、自分を守る仕事の報酬を切り崩していたのだ。今は亡き母の想いに、我が身が生かされていることを審判は知った。

 二人は黒山の本拠地を後にした。往復で八日は空けた。その間、粛、甄梅、額彦命は何事もなかったであろうか。五人揃わぬのがこれほど不安なことに審判は驚き、また少し嬉しくもあった。鄴が落ち、家族を喪った自分にも、まだ帰る場所、待っていてくれる人がいる、なによりの証であろうと。

「だからあ、二人とも捕まっちまったんだって。俺達が助けに行かなくてどうするよ」

「審判は帰って来るって言ったもん。顔琉さんもついてる。私達が信じて待っていてあげなきゃ」

「二人共、落ち着く。村長さん、真定山まで三、四日はかかる言ってた。今日か明日まで、様子見るよ」

 二人が邸に戻った丁度その頃、三人はそんなやりとりをしていた。心配はお互い様だったようだ。

「なんだ。儂らがおらずとも楽しそうにやっておるではないか」

 二人が顔を出すと甄梅が二人に駆け寄った。

「もう。今まで何やってたのよ。さっきまで心配してたんだから」

「何だよ。自分だって不安だったんじゃないか。ま、俺も取り越し苦労だったけど」

 粛も二人の帰還に安心したようだ。額彦命も、

「黒山に呼ばれて、一体何事だったか?」

「なに、近くを通る儂らをどこぞの間諜だと思うたらしい。軽い取調べを受けた」

 惚ける顔琉に粛は、

「それだけで済むかよ。アンタ、黒山四霊獣の顔狼牙なんだろ。何か悪事の片棒担がされたんじゃないのか? なあ、審判」

 審判も本当のことを言っていいものか迷い、話を合わせた。

「いや、まあ、そんなところだ。黒山は元賊でも、今は軍として活動しているからな。身元不明の者は一応、調べとけってことだったらしい。それより、俺達の方が黒山の世話になったよ。袁尚は烏丸族を頼って幽州の北へ逃げたそうだ。俺達もすぐ出立しよう」

 これを聞いた甄梅の顔が曇った。袁尚に会うこと。即ち旅の終わりである。幽州は目と鼻の先だ。烏丸族の本拠は更に北方だが、終着点が近いことを予感させた。

「まさかここに来て遼西に赴くことになるとは思わなんだ。儂と額彦命もこの仕事が済んだら遼東半島に向かうつもりであったから、渡りに船といったところか」

「寂しいけど、皆さんとはそこでお別れね」

「ん、なんだい? 二人して、遼東に何かあるのかい?」

 粛は顔琉と額彦命の様子に疑問を感じた。

「なに、たいしたことではない。大仕事の後で羽を伸ばしたい。そんなところだ」

 顔琉は相変わらず自分のことを話さない。審判は張飛燕が別れ際に不老不死の妙薬云々と言っていたのを思い出した。


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