78 蓬莱島
「昨年の夏頃、袁尚が黒山を頼って曹操に対抗するというような噂を耳にしましたが真偽のほどは如何でしょう」
「ああ、そういう噂もあったな。いかにも大衆が囁きそうなことだ。しかし考えてもみよ。黒山は公孫瓚と同盟しておったのだ。そんなところへ袁尚が頼って来るものだろうか」
しかし黒山は裏で袁紹とも通じていたのだ。袁尚が藁にも縋る思いで黒山の協力を求めるのは充分にあると思った。だが、この張飛燕の様子では斜陽の袁尚に与するより、曹操につくのが得策だと判断したのは想像に難くない。同じ思考に顔琉も至ったか、
「それにしてもよく曹操が黒山の降服を受け入れたものだ。一体、どんな手を使った?」
「人聞きが悪いな。曹操は悪名も高いが、人物はなかなかのものだ。多少、入り用もあったが、そこはそれ、色々、根回しをしたり、手を回してなんとか、な」
審判にはこれ以上聞くことはなかった。顔琉も席を立った。張飛燕は引き留めたがったが、顔琉に長居する気はなさそうである。部屋を辞しかけた時、張飛燕が妙なことを言った。
「ときに顔狼。遼東半島で随分酔狂な買い物をしたようだが、なんだ? 不老不死の妙薬でも探す気か?」
「そんなところだ。儂もこの齢になり、死ぬのが恐ろしゅうなったでな」
張飛燕は額に手を当て、くっくと笑った。
「そうか。もし手に入ったら、俺にも分けてくれよな」
言葉遣いや態度は顔琉に比べてずっと丁寧だ。賊の大親分とは思えぬほどである。だが審判にはそんな張飛燕の肚が読みかねる。人物としては顔琉の方がずっと好ましく思えた。
二人は張飛燕の楼閣を後にした。どうやら顔琉を味方に引き入れるのが目的だったようだが、アテが外れたようである。無理強いをしないのが賊の仁義というものなのだろう。
「あの、張飛燕が最後に言ったのはどういう意味なのです?」
審判が疑問を呈した。
「人に言うようなことではない。至極、個人的なことなのでな」
「張飛燕と顔琉殿はどのような間柄だったのですか」
「ただの賊徒だ。それ以上でも以下でもない」
「黒山の変とは、一体どのような事件だったのでしょうか」
「豎子よ。人の昔をそう詮索するでない。知ったところで、お前さんには何の関わりもあるまい」
顔琉には取り付くシマもない。




