77 禍福
「みどもは鄴の者です。貴方方、黒山はかつて公孫瓚と連合して度々、冀州の州境を脅かしました」
「まあ、そんな頃もあった」
「それがために韓馥は牧の力量を問われ、袁紹に印璽を譲ることになりました。しかしその後、突如黒山は公孫瓚とは距離を置き、界橋でも易京でも黒山は進んで力を貸さず、ために公孫瓚は滅びたのです」
「買い被り過ぎだな」
「これはみどもの邪推ですが、黒山は韓馥が牧であった頃から袁紹と通じていたのではないのですか? もっと言えば、韓馥の腹心の中に袁紹との繋ぎ役がいた。如何でしょう」
いつの間にか張飛燕は椅子に肘をつき、薄ら笑いを浮かべている。
「なかなか面白いことを考える若い士だ。鄴の出と言ったな。もしそうなら何とする」
「いえ、とりわけ故郷に思い入れがある訳ではありません。興味本位でお聞きしただけです。みどもはこういうことを考えるのが好きなもので」
張飛燕は暫く逡巡したが、
「まあ、もう昔のことだ。よかろう。お察しのとおり、我らは袁紹と通じ、公孫瓚と表向き合力して冀州の州境を度々侵した。そうすることで双方から援助を引き出させ、どちらが勝っても良いように動いた」
顔琉が割って入る。
「呆れたものだ。その頃から急に黒山が勢力を伸したと思うたが、そのような腹芸をやっておったのか」
「外交と言って貰いたいね。賊だからとか、義侠とか言って、できることをやらないのは怠慢と同じだ。話だけ聞けば俺だけが旨い汁を吸った風に聞こえるだろうが、その都度、肝が潰れるような決断を迫られたものだ。今、黒山が大きくなったのも運が良かったからであり、最良の選択をすべく努力した結果だ」
審判が話を戻す。
「それで、先刻の腹心のことですが、もしや袁紹と通じるよう計らったのは審配正南ではありませんか?」
張飛燕の表情がわずかに変わった。
「ほう。何故そう思う」
「袁紹が冀州牧となって、最も利があった者を考えれば自然と出る名でしょう」
「若い士よ、何事にも興味を持つのは良いが、そういうのを穿ち過ぎというのだ。確かに袁紹も審配も冀州を我が物として一時は隆盛を極めた。が、その後彼らはどうなった? 曹操に負け、今は見る影もない。我ら黒山とて同じよ。今でこそ羽振りが良いように見えるかもしれんが、いつどうなるやら、誰にも分からん。それが乱世というものよ」
張飛燕が長々と韜晦するのを見て、審判は図星であったと読み取った。すると顔琉が、
「よくもまあぬけぬけと。そんなに先が心配なら今すぐ黒山など解散して、元のいち山賊に戻ればよかろう」
「それも真理だが、いまや黒山は朝廷からも認められておるのでな。養ってゆかねばならぬ者も大勢いる。苦しいことだ」
二人がどういう関係だったのか審判は興味を覚えたが、さすがにここで聞くのは憚られ、もうひとつの疑問をぶつけた。