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76 黒山四霊獣

「久しぶりだな。顔狼。長らく音信不通だったが、再びその武名を各地で轟かせておると聞いて嬉しく思う。老いて益々盛んなりかな」

 毛むくじゃらの大男を審判は想像していたが、意外にも線が細い。齢も顔琉より十は若く見えた。

「別に好きで暴れた訳ではない。おかげでお前に消息を掴まれ、こうして黒山にまた来る羽目になった。のう、猪燕。いや、今は張飛燕だったかのお」

 何故顔琉がいきなり黒山に呼ばれたのか分かった気がした。州が境を接する場所は各州都の警備の目が届き辛い事情ゆえ、賊が活動しやすい。黒山ともなればその情報収集能力は下手な役所など及びもつかない筈だ。自分達もその監視網に引っ掛かっていた。丹城での騒動、壺関での参戦。これにより顔琉の所在が割れ、黒山の本拠地の近く、中山国の喜に入ったのを確認し、使者を寄越したのだ。

「俺と顔狼の間柄ではないか。昔どおり猪燕でよい。ときに、そちらの若い士は新しく息子をもうけられたか?」

「いや、訳あって儂は今、此奴の用心棒をしておる。もう、人の親になる気もないでな」

「そいつは驚きだ。若い士、どうやって顔狼を雇った。是非、俺にも教えてくれ」

 張飛燕は身を乗り出して聞いてきた。とはいえ審判にも答えようがない。ただ、顔琉が金だけで動く男ではないことは分かった。

「戯れを申すな。儂を呼んだからには、何か魂胆があるのだろう。お前は昔からそういう男だ」

 だが、張飛燕は大袈裟に手を振った。

「何もない。あの黒山の変は不幸な出来事だった。それを収めたのが顔狼と俺ではないか。今の俺があるのは顔狼のおかげだ。感謝しておる。だのにお前は一言も言わず姿を消した。俺としてはただ酒を酌み交わしたかっただけだ。ほら、そちらの若い士、遠慮なくやってくれ」

 張飛燕が目の前の馳走を勧める。粛がいれば大喜びだったろうに、と思ったが顔琉に手を出すそぶりはない。

「なるほどのう。昔とは天と地ほども立場が逆転したのを肴にしたかったか。満足したか」

「相変わらずだな。そうやってすぐ人の性向を決めつけるのは顔狼の悪い癖だ。だから張牛角を筆頭に、黒山四霊獣が揃っていた頃もいち山賊のままだったのだ。もっと視野を広く持て」

「ふん。お前ならそれができる。だから黒山はここまで大きくなったと言いたいのであろう。確かに一言もないが、お前のそういうところも相変わらずだ」

 二人は暫く他愛のない会話をしていたが、審判には両者が肚の探り合いをしているように見えた。

「与太はもう良い。お前に聞きたいことがある。袁尚、袁熙は曹操に攻められ逃げた後、何処に向かった。お前なら知っておろう」

 顔琉に問われ張飛燕は意外そうな顔をしたが、すぐに嫌な笑みを浮かべた。

「そうだなあ。教えてやっても良いが、高値で取引できる情報だ。俺の片腕になってくれるなら、で、どうだ?」

 顔琉はすぐさま席を立ち、部屋を後にしようとした。審判がうろたえる一方、周囲の衛兵が殺気立つ。すわ、一触即発かと思われたが張飛燕が素早く抑えた。

「そう急くな。顔狼には適わんな。少しこちらの希望を言っただけではないか」

「何が希望だ。自分の羽振りの良さをひけらかしたいだけであろう」

「いやいや、傍目にはそう見えるかも知れんが内情は火の車だ。公孫瓚と組んで勢力拡大を図ったものの、袁紹に界橋で負けてからは左前でな。今は曹操についている。だが曹操も渋い男でな。賊上がりの黒山など相手にもされん。冷遇されて戦後処理ばかりやらされておるのが正直なところだ」

 だが張飛燕にさほど深刻な様子はない。話半分に聞いておいた方が良さそうである。

「話を逸らすな。袁尚の行方は教えるのか、教えぬのか、どっちなのだ」

「まあ、いいだろう。連中は幽州より更に北、遼西郡に向かった。これで大方、分かるだろう」

「白狼山か」

「そう。顔狼の故郷にして烏丸族の聖地だ。あろうことか袁尚は蹋頓単于を矢面に立たせることに成功したのだ。表向きはな」

 蹋頓単于とは烏丸族の族長である。北方の騎馬民族である烏丸は一時期袁紹と同盟し、公孫瓚討伐にもひと役買った。その功で彼らは幽州北部に領土を安んじられ、袁家との関係は良好といえた。確かに袁尚が頼れそうな勢力はもう他に思い当たらない。ちなみに単于とは王、族長といった意味で、名前ではない。

「表向きとはどういう意味だ?」

「なに、深い意味はない。これ以上は黒山に関係ない者には教えられんが」

「いや、もう良い。それだけ分かれば充分だ」

 顔琉は話を打ち切った。

「ところで豎子よ。お前も何か聞きたいことがあったのではないのか?」

 審判に話を振られたが、一応聞きたいことは顔琉が既に聞いてしまった。審判は少し考え込み、張飛燕に聞いた。


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