75 張飛燕
「あのう、顔琉殿。貴方様にお客人ですよ。ですが、そのう」
村人達は奥歯に物が挟まったような物言いをした。曹操軍の追っ手ではなさそうである。
「儂に客? まあ、大方察しはつくがのお。もしかしてそ奴らは、頭に黒い布を巻いた連中ではないのか?」
「その通りでございます。黒山軍でも、かなり上の方が貴方を迎えたいと仰っておるのですが、如何いたしましょう?」
「こっちから行く義理などないのだが、それではお前さん方が居心地悪い思いをすることになるのだろう。仕方ない。招きに応じると伝えてくれ」
「あ、有難うございます。ところで貴方様は一体何者なんです?」
「気にするな。昔、黒山で下働きをして覚えめでたかっただけの爺いじゃよ」
村人は慌てて外へ応対に出て行った。
「豎子、娘っ子。済まぬが、儂は暫く村を空ける。数日もすれば戻るであろう」
「待って下さい。私も行きます」
審判が即答した。甄梅はうろたえるばかりだ。
「心配せずとも良い。ただ、昔話をしに行くだけじゃて」
「いえ、私も黒山で聞きたいことがあるのです。それに、行っても危険はないのでしょう?」
顔琉は暫し考え込んだが、
「そうだな。同行して、身の回りの世話でもして貰うとするか」
二人は黒山の本拠地、真定山に向かうこととなった。粛、甄梅、額彦命には留守中、何かあったら黒山に連絡するよう申しつけて。
使者に立った黒山賊の案内で二人は険しい山を幾つか越え、数日掛かりで本拠地に辿り着いた。審判は驚きを禁じえなかった。
賊軍の本拠とはいえ、青熊の集落に毛の生えた程度のものだと思っていたが、山中の盆地には巨大な要塞が築かれ、容易に外敵の侵入を許さない。道には各所に関が設けられ、街道となんら変わりがない。城門をくぐるとさまざまな施設や商店が軒を連ね、それはもう、ひとつの国家の体をなしていた。黒山が百万の兵力を豪語するのも、あながちハッタリだけではないことを知った。なにしろ黒山は黄巾の乱が鎮圧された後も活動を続け、勢力を伸ばし、ついに時の朝廷から独立自治を認めさせ、黒山軍として国家の正式な地位を得ることに成功したのだ。並みの賊とは訳が違う。
二人は城内の中心にある、ひと際大きな楼閣に案内された。城にある官府と変わらない。衛士もならず者ではない。鍛え上げられた兵士であることが見てとれた。
応接室に招かれるとそこには幾人もの衛士、着飾った女官達、贅を尽くした食卓の向こうに、まるで王のようないでたちの男が座っていた。その男が黒山の首領、張飛燕であることは明白だった。




