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70 脱出作戦

 数日後、いよいよ別れの時がやってきた。以前のように道服に身を包んだ甄梅が流に乗るが、今回は全員が馬に乗れる。青熊と安国の粋な計らいである。安国が審判達に脱出計画の説明をする。

「まず、我々が貴方方の寝首を掻き、曹操軍への手土産にしようと目論んだものの、気付かれて返り討ちに遭ったことにする」

「おお、怖」

「皆さんは山中に逃亡したと虚報を流しますが、実際は集落に留まる。そして我々が曹操軍に接触し、その偽情報を曹操軍に報告します。李典、楽進はきっと皆さんを捕らえるため、包囲を解き山狩りを行うでしょう。そして手薄となった場所を我々が調べますので、そこを突いてお逃げ下され」

「ううん、そう上手くいくかなあ」

 粛が腕組みして不安を漏らす。

「上手くいこうといくまいと、やるしかあるまい。儂らだけではどうにもならんし、この作戦なら青熊に累が及ぶ心配も少ない。悪くない策だ」

「では、早速取り掛かります。顔狼牙、そして皆さん、旅のご無事を祈っております」

 安国は拱手し、部下を率いて去っていった。

「今の安国さん達も、私達を助けるどころじゃないでしょうに、いい人ですね」

 甄梅が哀しげに呟く。すると顔琉、

「うむ。あのような軍人もいるのだな。曹操に降れば平民に落とされるならまだしも、最悪、殺されるやも知れん。ま、そのまま曹操軍に召抱えられるかもしれぬが、どうなるかは分からんのお」

 すると額彦命が、

「多分、今しかできないこと、精一杯やってる。先のことが分からないから。後悔したくないから」

「なるほどなあ。さすが、額彦命は追い詰められた男の心を知ってるよなあ」

 感心する粛を尻目に、審判は今の自分が今しかできないことを考えてみた。ひとつ、答えらしきものは見つかってはいるものの、あまりにも突飛で、まるで現実味がない。しかし、後悔したくないのなら、命懸けでもやる価値はあると思った。

 手筈どおり安国達が曹操軍と接触。偽情報を掴まされた楽進は歯噛みして悔しがった。

「おのれ。余計な真似をしてくれおって。その上、逃がしただと? これでは顔狼との決着がつかずじまいになってしまうではないか」

 すると李典が宥める。

「まあ、我々の心象を少しでも良くしたかったのでしょう。降服して、はい、生き埋めでは堪りませんからな」

「ええい。山狩りだ。草の根分けても探し出すぞ。群狼党にも手伝わせろ。失点を取り返そうと、躍起になって探すであろう」

 もうこうなると楽進は止まらない。李典は暫し考えを巡らせ、保険をかけておく必要があると思った。

 当初の計画通りことは運んだ。逐一入る報告で審判達は敵の捜索網の隙を縫い、青熊、安国隊が配置された場所を通って曹操軍の追跡から逃れることができた。一行が最後の包囲網が敷かれた山を越えようとしたとき、そこに汝水達が追いついてきた。

「よかった、間に合ったようだね。いよいよお別れだねえ」

「お嬢か。名残惜しいのお。こんな時代でもなければ、儂もお前さん達のところに腰を落ち着けたのであろうが、いかんせん、そういう訳にもいかぬでな」

「いいんだよ。顔狼牙や甄梅、それに審判が一時でも青熊に身を置いてくれなければ、私ら、今頃どうなってたか。それも曹操軍が攻めて来たときにだろ。親父の言ったとおり、天の配剤だったのかもね。感謝してるよ」

 汝水と顔琉が名残を惜しんでいると、額彦命が、

「これから、青熊はどうなるか」

「まだ分からない。今んとこ安国は曹操軍にそのまま組み込まれてるけど、私らはもう農民に戻るつもりだから。ただ、聞いた話じゃ、曹操は支配下においた地域をどんどん生産拠点にしてるっていうから、働き手は欲しいみたいだ。戦で荒れた大地を元に戻すのは大変だけどねえ」

 すると福が言った。

「でも、それだけに俺達の出番はあると思うんだ。ま、曹操が徐州でやったことは有名だから、不安がないって言えば嘘になるけど」

 福が言うのは初平四年に曹操が行った徐州の虐殺である。この虐殺は中国史でも稀に見る大虐殺として歴史に残り、曹操が三国志の悪役になった原因の一つでもある。だが、審判はこの虐殺に関しては少し疑問があった。父親の仇討ちがその理由ではあったが、腑に落ちない部分が多すぎるのだ。

「その心配は、あまりしなくていいと思う。確かに曹操は徐州で虐殺を行ったけど、俺はそこに何か思惑があったんじゃないかと思ってる。実際、天子を奉戴してからの曹操は王道主義を取っているようだし、青州黄巾党を率いていた黄巾六頭目の一人、干毒も曹操に帰順を認められて、青州黄巾党の民は帰農したって聞いたことがある。官渡を抜いてからも支配地域で生産活動を奨励してるってのは本当だ。青熊にその気があるのなら、曹操に降服して帰農するのが一番だと思う」

「豎子もたまには良いことを言うではないか。その考えを自分に向ければ、言うことなしなのだがのお」

 福を励ましたつもりがとんだ薮蛇だった。一方、汝水は甄梅と何か話している。審判の言葉に元気付けられた福は言った。

「ありがとう。みんな。もし無事に袁尚に会って、全部が片付いたら、この河北に平和が戻ったら、もう一度ここに来てくれよな。そんときには、ここを見違えるような豊かな大地にしてみせる。約束する」

 少し福が逞しく見えた。すると横から沈伸、朗郎が割って入った。

「いいや、戻って来んでもエエでえ。次に来たときには俺ら、曹操軍や。お前らと戦場で相見えるのは忍びないからのう」

「そう。昨日の友は今日の敵やあ。哀しいけど、それが乱世のさだめっちゅうもんや」

 すると汝水に窘められた。

「何カッコつけてんだい。アンタら、それまで命があればいいけどね」

「何おう。俺らが曹操軍で出世した暁には、お前らを顎でこき使うたるからな。覚悟しとれ」

「お嬢、心配は要らぬ。此奴らなら何処に行ってもしぶとく生き残るであろう。出世するかどうかは分からんがのお」

 顔琉がそう言って笑うと、皆も笑い、それぞれに別れの言葉を交わし、一行はその場を後にした。皆、いつまでも手を振っていた。

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