69 戦うということ
審判達が并州から逃げると聞かされた青熊は案の定、引き留めにかかった。古老や女達は甄梅を、男衆は顔琉を、何故か年頃の女達は額彦命を、それぞれに引き留めた。そして汝水は涙ながらに審判を引き留めた。
「お願いだよ。アンタさえいてくれれば、甄梅も顔狼牙も留まってくれるんだろう? これからの青熊には、アンタ達がもっともっと必要なんだ。後生だよ。見捨てて行かないでおくれよ」
こうなると審判も弱った。このまま青熊と運命を共にするのも悪くない選択とは思う。だが、それでは駄目なのだ。審判が返答に窮していると、意外にも顔琉が助け舟を出した。
「残念だが儂はご免蒙る。豎子が留まるなら、儂は気ままな放浪生活に戻るまでだ。土百姓などこたわぬし、曹操に降るなど、もっての外だ」
「じゃ、じゃあ、顔狼牙はそれでいいよ。でも、審判は私達の味方だろう?」
「敵とか、味方とかじゃないんだ。見捨てるとか、逃げるとかでもない。俺には、袁尚に会って、やらなきゃいけない使命、いや、我が儘かな。兎に角、ここには留まれないんだ。分かって欲しい」
審判に突き放され、汝水はその場に泣き崩れた。出会った時の虚勢はもうない。皆、これからの運命に不安で一杯なのだ。すると安国も審判の肩を持った。
「みどもも、審判殿はこの地を離れたほうが良いように思います。李典、楽進は必ず顔狼牙、額彦命殿を狙うでしょう。お二方がここに留まるのは、却って青熊には危険であると考えます」
顔琉が汝水の傍に腰を下ろし、肩に手を乗せた。
「のう、お嬢は父の跡を継いでゆくと、皆の前で立派に宣言したではないか。しかるに何故、豎子を頼る。今のお前さん達に必要なのは儂らではない。それはお嬢のすぐ傍におるではないか」
だが、汝水は分からず、辺りを見回す。
「ほれ、黙っとらんで出てこんかい」
顔琉に促され、困惑しながら福が前に出た。
「儂らより、お嬢の方が此奴のことは知っておろう。これからのお前さん達に必要なのはこういう男だ。ちと、頼りないかもしれぬが、そこはお嬢達が補ってやればよい。皆の力を合わせるのだ」
「福が、私達に?」
すると福も意を決した。
「あ、姐さん。俺が姐さんを守るよ。俺達、降服すれば苦役に就かされるだろうけど、らしくない賊を続けるよりずっとマシだ。大丈夫。農耕も牧畜も元々、俺達の生業だ。これからは大地と共に戦うんだ。俺達がいなくなったら曹操軍が困るって言うぐらい働くんだ。それが戦うってことなんだ。姐さんが挫けそうになっても、俺が支えるから。俺が姐さんの苦労も背負うから」
汝水が涙を拭いつつ笑った。
「本当に、頼りない奴だね。胸を張って俺について来いって言うところだろ。こういう時はさ」
「い、いや。俺っちがそんな偉そうなこと言ったら、また姐さんに蹴り入れられちまうんじゃないかと思って」
「やれやれ、福が頼りないのは、お嬢にも原因がありそうじゃのお」
すると辺りから笑い声が上がり、重苦しい空気は和らぎ、誰ともなく、今後の方針を相談し始めた。
「やっぱり私達、必要なかったみたいね」
「そうよ。儂らは所詮、居候。連中の将来に干渉すべきではない。それに、儂にもお前さんとの約束があるしのお」
顔琉と額彦命のやりとりを横で聞いたいた審判は、約束とは一体なんだろうかと思った。