67 求めるものは
こうなると最後まで抵抗を続けていた群狼党は二者択一を迫られることとなった。青熊の拠点の山を包囲され、徹底抗戦か、降服か、どちらを選ぶのかを。が、皆、戦う気力はとうに失せていた。青熊と正規兵が幾日も軍議を重ねたが、抗戦を唱える者などいない。かといって、具体的な降服案などあろう筈もない。グズグズと時を浪費していた。
「皆さんは、どうなるか?」
「どうもなりゃせん。元の平民に戻るだけだ。まあ、兵隊達は少々居心地が悪い思いをするかも知れんがのお」
「じゃあ、何で戦してたか」
「儂の方が聞きたいわい。戦なんぞ、一部の特権階級が既得権や自尊心のために望んで起こすもんだ。その大義名分が大抵、国を守るだ、民を守るだ、隣国はけしからんだの、攻められる前に攻めろだの、理由にもならん理由で、何故か民は熱狂するのだ。今も昔も同じよ。民にとって為政者の都合などどうでも良い筈なのに、不思議なものだ。君主が阿呆だから民も阿呆になるのか、阿呆な民が阿呆な君主を選ぶのか。兎に角、どういう訳か、民衆は知り合いでもない為政者のために、殺し、殺されることを自ら望むんじゃ。何故かと問われれば、阿呆だからとしか言いようがないわい」
「顔琉さんの言うこと、なんとなく分かる。私の祖国も、一握りの長老達が勝手に戦、始めた。長老は神に選ばれた人達。その長老の決めること、何故か神が決めたことになる。よく考えればおかしな話なのに」
顔琉と額彦命のやりとりを聞いていた審判は冀州の熱狂を思い出した。袁紹の美辞麗句に民は称賛を惜しまなかった。地味な韓馥に代わって牧になった袁紹はある意味、ブランドだった。兗州刺史が曹操? それがどうした。俺達、冀州の牧は四世三公の袁本初だ。どうだ、凄いだろう、羨ましいだろう。そんな思いが審判に限らず、殆どの冀州人にはあった。そして冀州が河北を平定し、いつか天下を平らげる。そんな夢想をしていた。まさに、顔琉がいうところの阿呆であった。
「じゃあ顔琉さん、私達はどうするの?」
甄梅が不安げな顔で聞くも、顔琉はそっけない。
「儂に聞くな。儂は豎子の用心棒だからな。どうするかは豎子に聞いてくれ」
いきなり話を丸投げされてしまったが、審判の決意は変えようがない。
「私は、やはり袁尚殿の元へ行きます。勿論、甄梅を連れて」
「そう言うと思うたよ。娘っ子。豎子はこう言うておるが、お前さんはどうしたい?」
「審判がそう言うのなら、私はそれに従います」
「そうか。では決まりだな。だが青熊が黙っておるまい。説得はお前がやるのだな。豎子よ」
もとよりそのつもりだったが、審判にはもうひとつ片付けておかねばならない問題があった。一人、浮かない顔をした粛の姿が視界の端にあった。
青熊の拠点を包囲する陣中で、楽進は群狼党が打って出るのを今か今かと待ち構えている。と、後ろから李典の声がした。
「恋しい待ち人には袖にされましたかな」
「お主か。下らぬ冗談を好むとは意外だな。壺関城の方はもう良いのか?」
「はい。城邑の制圧は滞りなく。尤も、高幹不在、袁尚も来ぬとなれば抵抗する気も失せるでしょう。楽なものでしたよ」
「そうか。しかし袁尚の援軍の噂。あれは本当だったのか?」
「はい。高幹の側近も吐いたので、恐らく事実でしょう」
「では、何故来なかった」
「さあ? みどもには袁尚如き小人の考えは分かりかねます」
「儂とてそうよ。尤も、袁尚が万の兵を率いてきたとて、返り討ちにしてやったがな」
「それは否定しませぬ。こうなると後は顔狼を討ち取り、汚名を雪ぎたいところですが、果たして来ますかな」
「必ず来るッ。奴の目は武人のそれであった。なれば、勝負を途中で投げることなどあるものか」
「あれはついた勝負を、敢えて見逃して貰ったのでは?」
「ふん、臆病風に吹かれたか。なら良い。顔狼の首は儂が頂く。儂が頂くぞおお」
楽進の雄叫びは虚しく山にこだまするだけであった。




