5 器とは
「休憩は終わりだ。全員整列」
いち早く審判の部隊は教官の号令に反応して集合する。何しろ今をときめく審配正南の総領なのだ。訓練に対する意気込みが違う。
「うむ、審判の隊が最も統率が取れているな。お前には将器があるぞ」
教官があからさまに審判を持ち上げる。ここで審配の息子の覚えめでたければ自身の出世に繋がるかもという下心はミエミエだ。そうと分かってはいても、おべんちゃらを言われるのはやはり気分がいい。
「午後の訓練は各隊二手に分かれての模擬戦を行う。各隊長は指揮官の指示に従い、命令を待て」
模擬戦とはいっても十歳そこそこの年少部隊の訓練である。実際に打ち合ったり模擬刀をぶつけるような危険な真似はしない。まあ、現代の球技に毛の生えた程度である。少年達の競争心を煽り、戦闘に慣れさせるのが主な目的である。とはいえ、この模擬戦とやらにも教官達の思惑が絡む。隊長に指示を出す指揮官は最初から示し合わせ、審判の部隊に華を持たせる配慮がなされている。いつか審判が父親と共に冀州軍で重きを成すようになった暁には教官達にも出世の道が開かれる可能性もある。韓馥の下で目立った武功を挙げられない鄴の軍人達は活躍できる機会を長らく欲していたのだ。
指揮官は審判達よりは幾らか年長の青年兵達である。少年兵の指導にもあたり、兄貴分といった存在だ。
少年達は指揮官の指示に従い配置につく。山、川、広場。いろいろな場所で行われるが、今回は見晴らしのいい丘陵地帯である。
二手に分かれた軍は本陣に旗を立て、それを守りつつ敵本陣を狙う。兵士達は頭に同じ色の布を巻き、敵味方を区別。戦いでは布の奪い合いとなり、布を奪われた者は戦死となり、早々に戦場から離れなくてはいけない。
今回、審判隊は白組。相手は黒組となった。一見、フェアに見える模擬線ではあるが、勝ち負けなど指揮官の差配ひとつでどうにでもなる。皆、そんなこととは露知らず、いや、あるいは気付いている者もいたかもしれないが、いつもの地味な体力づくりの訓練よりも、こういう目に見えた、試合形式のイベントの方が少年達の受けはいい。ある者は模擬戦を天下分け目の大会戦に見立て、自分が伝説の武人か英雄になったつもりでいた。