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64 雪降る夜に

「生憎、俺は、アンタ達の力なんて爪の先ほども信じちゃいない。禍が誰かのせいにできるなら、こんな楽なことはない。禍はどんな時でも、理不尽にやってくる。禍のない人生なんてあるか。禍は乗り越えるものだろう。自分の意志で退けるものだろう。俺は信じない。俺は死なない。卑怯者のそしりを受けても、臆病者と罵られても、何が何でも生き抜いて、呪詛の力が迷信に過ぎないってことを証明してやる。見てろ」

 審判は大声でまくし立てた。甄梅を励ましたかったのではない。甄梅の言う禍の種は父、審配にあった。河北の戦争がここまで泥沼化したのは審配の献策、策謀に主な原因があった。その父を尊敬し、跡を継ぐのだと意気込んでいた自分も、また同罪であろう。父は袁紹という志の低い男に冀州の覇権を握らせ、お家騒動まで起こし、曹操との戦争に突っ走った。だが、審判は気付いて気付かぬフリをしていた。他の誰かに責任を転嫁したかったのだ。袁紹が韓馥より君主の器でなかったと言うなのら、それに反対しつつ止められなかった沮授や田豊も同罪だろうと。諸手を挙げて袁紹を支持した民衆はもっと悪質であろうと。だが、それはお門違いだ。彼らは騙され、扇動されたのだ。沮授、田豊は審配の策略に敗れたのだ。甄梅の言う禍は、殆ど審配に起因している。審判はそれを知りつつ、目を逸らしていた。なのに甄梅は、全く自分の責任ではないのに自分のせいだと言う。全ての原因は、自分がこの世に生を受けたからだと言う。甄梅がこの世の禍を背負い込むほどに、審判は罪悪感に苛まれ、激昂してしまったのだ。河北の戦乱も、甄梅の苦しみも、原因は自分の父にあるのだとは、とても言えなかった。その父ももういない。審判は審配の総領として、家督、地位、財産。全て受け継ぐつもりだった。ならば、父の負債も、人々の怨恨も、やはり自分が引き受けるしかない。それを思うと審判は逃げ出したくなる。だが、甄梅は逃げようとも、責任を誰かになすりつけようともしない。そんな甄梅を見ていると、審判は自分が最も狡く、汚い人間ではないのかと思えた。

 審判の怒声が山の静寂に呑み込まれ、暫しの沈黙が二人を優しく包む。

 すると、ひとひらの雪が二人の間を舞った。思わず天上を見上げると、まるで星が降っているような光景が広がっていた。雪は瞬く間に辺りを白く染め、その美しさは二人を慰めているようだった。

「じき、暗くなります。皆、貴女を心配しているのです。戻りましょう」

「はい。もう、戻りましょう」

 初めて甄梅と言葉を交わした気がした。口をきいたことは今まで何度かあったが、何故かこの時、審判は甄梅を身近に感じた。

 雪が益々降りしきる中、二人は手を取り合い、集落に戻った。甄梅に何事もなかったことを知り、皆は安堵し、喜んだ。だが一人、汝水だけが寂しげだったのが気にかかった。

 時は流れ、いつしか正月も過ぎ、白く積もった雪の下で新たな生命が芽吹こうとしていた。その間、曹操軍との目立った戦闘もなく、戦時下とは思えぬほど、静かに時が流れていた。青熊での生活はお世辞にも豊かとは言えなかったが、そんな状況下にあっても、彼らはそれなりに楽しくやっていた。

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