63 甄梅の責、審判の怒り
皆、一様に心配し、捜索が始まった。逃げたか。と、審判は思ったが、むしろその方が良いとも思った。顔琉などは酒など呑んでどこ吹く風だ。騒ぐ青熊を尻目に、審判は夜の帳が下り始めた沢をとぼとぼ下りて行った。別段、捜索に加わる訳ではない。ただ、独りになりたかったのだ。が、そんなときに限って、広場で甄梅の後ろ姿を見つけた。そこは子供達が秘密基地などを築いている遊び場だった。灯台下暗しとはこのことであろう。審判は声をかけるべきか迷った。いつかの夢のように、また甄梅が恐ろしいことを語るのでは、と思ったが、辺りが暗くなっていればそういう訳にもいかなかった。
「どうしました。皆、貴女を捜していますよ」
審判は努めて軽い口調で声をかけた。が、振り向いた甄梅は泣いていた。一体どうしたものかと審判は戸惑った。
「汝唐さんが死んでしまいました。青熊の人達も、并州の人達も、私のせいで」
審判は訳が分からない。汝唐は病で、青熊、并州兵は戦で死んだのだ。甄梅のせいであろう筈がない。だが、甄梅は続ける。
「私の母は私を生むと同時に亡くなりました。父は喜んでいました。私には家を断絶させる力があると。そして私は姉と共に、あらゆる禍を招く術を教え込まれたんです」
下らぬ話だと審判は思った。早い話が洗脳教育ではないか。母親の死も怪しいものだ。どこぞの女に産ませた、あるいは誘拐した子供にそう信じ込ませるのは容易い。呪詛の技を伝えるという連中なら、それくらいは平気でやる。単純な甄梅の方こそ気の毒だった。
「私には昔、好きな男の子がいました。私を将来妻にしてやると言ってくれたんです。でも次の日、その子は死にました。倒れた材木の下敷きになって。私は誰も好きになってはいけないんです」
その絡繰りも審判には読めた気がした。甄梅を監視していた父親が手を下した可能性がある。甄梅に強烈なトラウマを植え付けるために。もっと疑えばその少年も、父親に金でも持たされ甄梅に近付き、父親の手に掛かったとも考えられる。
「私の姉は袁熙様に嫁し、鄴へ行きました。その鄴が戦に巻き込まれ、落城したのも姉の力です。私たち姉妹は、この世に戦乱と禍を呼ぶ淫女なんです」
だが、それは審配が画策したことだ。袁熙に嫁いだというのは名目で、陰謀の為に甄氏を引き取ったのだ。鄴の陥落は歴史の必然であろう。
「私に関わった人はみんな死ぬ。青熊の人達も、并州の人達も、顔琉さんも、額彦命さんも、粛も、そして貴方も。みんな、失意の中で死んでしまう」
甄梅は両手で顔を覆った。
「私はみんなが好き。ずっと一緒にいたい。でも、私が傍にいればみんな禍に呑み込まれる。どうすればいいの」
「ふざけるんじゃないッ。人は誰でもいつか死ぬ。遅いか早いか、いつも何処かで大勢死んでる。戦争なんて、神代の頃からずっとある。何でもかんでもそうやって、自分のせいにしてたらキリがない」
突如審判が激昂し、甄梅がびくつき顔を上げた。