58 守り李典
楽進の宣戦布告を受け流し、顔琉達は馬を飛ばす。隊をまとめて退却する安国と合流を果たしたものの、前方から李典軍が迫った。楽進救出に来た李典と鉢合わせした格好だ。
「顔狼牙、お逃げ下され。血路はこの安国めが開き申す」
安国が一隊を率いて接近する李典軍を引き付けるべく動いた。安国の用兵はソツがなく、よく李典の攻めを防いだ。が、黒い衣服に身を包み、剃髪した一人の男が連挺を構えて安国に狙いを定めた。
「某、李典曼成。ひとかどの将とお見受けした。御印、頂戴いたす」
目の前に現れた異様な風体の男が守り李典その人と知り、安国は一瞬戸惑ったが、すぐ気を取り直して李典を迎撃すべく得物の矛を振るう。すると李典、怪鳥音を発し、連挺を安国めがけて横から叩き込んだ。咄嗟に安国は矛を立てて防ごうとしたが中心の鎖が絡み、背面から持ち手とは反対側の部分が安国の後頭部を痛打。兜に守られていたとはいえ、衝撃で安国の意識は飛び、馬から転げ落ちた。
安国を救うべく配下の兵が李典を取り囲んだが、見慣れぬ武器の餌食になるばかりだ。すると突如、鉄棍の突きが李典を襲う。すかさず連挺を折り畳んでその突きをいなした。
「ほう。戦場に棍術とは奇特な。是非、ごきょうじゅ教示願おう」
顔琉の存在を認めた李典だったが、その表情は氷のように冷たい。
「豎子。安国隊長を助けてやれ。この男は儂が引き受けるでな」
顔琉に言われるまま、審判は粛、額彦命と共に安国の身柄を確保する。一方、李典は馬上で連挺を構え、顔琉が動くのを待っている。その意図を察した顔琉が馬を飛ばした。両者の射程圏が交錯した瞬間、顔琉が突きを放つ。同時に李典が怪鳥音を発し上段から連挺を顔琉の頭部めがけて叩き込む。
乾いた音が響いた。
顔琉は突きを放つと見せかけ、棍を半回転。持ち手の部分で上段から降ってきた連挺をかち上げた。弾かれた連挺が今度は李典を襲う。咄嗟に李典はそれを受け止めたが、すかさず顔琉が棍を横に薙いだ。反射的に李典はそれを中心の鎖部分で受け止める。と、軽い金属音を立て、連挺の鎖が断ち切られた。
「その武器もなかなかの優れものだが、工夫を凝らした分、長所と短所が際立っておる。戦場では単純すぎるくらいの得物が丁度良いのじゃ」
顔琉は鉄棍を担いで、さっさとその場を後にした。
并州軍が引き潮のように壺関から引き揚げると、孤軍奮闘していた楽進は憮然とし、その場にどっかとあぐらをかいた。やがて李典が現れ、目の前に馬を止めた。
「おう、お主のおかげで命拾いしたわ。一応、礼は言っておく。笑いたくば笑え」
楽進が柄にもなく神妙にしているので李典は苦笑しつつ、壊れた連挺を楽進に見せた。楽進の目の色が変わる。
「それは。まさか鉄棍を使う爺いの仕事ではあるまいな」
李典は無言で首肯する。
「ううむ。まさかあのような使い手がこんな辺境にいたとは。高幹、侮り難し」
「黒山の頭目の一人に顔狼という、鉄棍使いの噂を耳にした事があり申す。ここ、并州は黒山がかつて勢力を伸ばしておった所。符号はするかと」
「顔狼。糞、また顔か。全くもって、嫌な名前だ」
「白馬津で関羽に殺された顔良将軍ですな。確かに、あの時と雰囲気が似ております」
李典と楽進の二人は顔琉が去った方向に、暫し目を遣っていた。