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57 逃げる狼

 周囲では楽進軍と安国隊の戦いが始まっている。だが、意に介さず楽進は咆哮を上げ、顔琉に突進。楽進の繰り出す渾身の突きが次々、顔琉を襲う。が、これを顔琉は悉く叩き落とす。先刻までの楽進とは明らかに迫力が違う。汝水の言った通り、審判の適う相手ではなかった。しかし顔琉は違う。本気の楽進の、更に上をゆく。勝てる。審判はそう確信した。顔琉は防戦一方だが余裕がある。かたや楽進には疲れが見える。あれだけの突撃を行って、疲れない方がおかしいのだ。ついに顔琉が反撃に転じた。楽進もよく防いだが、守りに入るとその武芸はお粗末で、力尽きて馬から転げ落ちた。

「あの速攻は見事であった。が、初弾に全力を注ぐあまり、二の矢、三の矢では勝負を焦らざるを得なくなる。それがお前さんの弱点じゃよ」

 顔琉が鉄棍を担ぎ、勝者の余裕を見せた。楽進はその間に体勢を立て直し、再び槍を構える。審判はもどかしかった。何故、早く勝負を決めないのか。まるで楽進に逃げる暇を与えているようでさえある。

 すると後方から銅鑼が鳴った。今まで動かなかった守り李典が突如、攻め手に加わったのだ。楽進に致命的な打撃を受けた并州軍に成す術はなかった。

「どうやらここまでのようじゃな。安国も兵を退き始めたようだし、儂らも退がるか」

「待って下さい。この将に止めを刺さないのですか」

「知らんのお。そんなに止めを刺したければ自分で刺すのだな。豎子よ」

 言われて審判はぐうの音もでない。楽進は落馬したりとはいえ、目は死んでない。審判の腕ではどうにもならない。すると粛、額彦命が敵を蹴散らしながら駆けつけた。

「やばいぜ。李典軍がこっちに向かってる。早く離脱しないと呑み込まれちまうぞ」

 しかしと審判は逡巡したが、楽進は既に息を吹き返し、群がる安国兵を次々討ち取っていた。この男はまだまだやる気だ。顔琉、粛に促され、審判は仕方なく馬首を返した。離脱する顔琉の背に向かって楽進は槍を突きつけ、雷のような大声で叫んだ。

「老将。その顔、しかと覚えたぞ。次はイの一番に貴殿の相手をしてやる。首を洗って待っておれ」


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