52 剣杖問答
「ふう。豎子よ、お前も青熊も、お前が腰に佩いておるその剣によく似ておる」
言われて一同は審判の剣に目を遣る。
「別に褒めておるのではないぞ。融通が利かぬと言うておるのだ。剣は包丁にするにはデカ過ぎる。木を切り倒すには軽過ぎる。およそ人殺しの道具以外、使い途がない」
顔琉は手にした鉄棍を掲げた。
「それに引き換え、この鉄棍を見ろ。力加減ひとつで相手を生かしも殺しもする。杖の代わりにもなれば道具としても重宝する。多少こねても、剣のようにぽきんと折れることもない」
何かと思えばまたその話だ。一番融通が利かぬのは顔琉ではないかと審判は思った。
「では、私に生き方を変えろと仰るのか。剣が剣であることをやめ、生きる目的も、生まれた意味もかなぐり捨てて、晴耕雨読で錆びつけば良いと」
「生きる目的? 生まれた意味だと? はん。立派なことだ。お前さん、その若いみそらでもうそこまで悟っておるのか。孟子も孔子も裸足で逃げ出す大賢人じゃのお。その賢人様が、袁家に忠誠尽くして命のやりとりをするのか。あまり笑わせるな。へそで茶が沸くわい」
二人の険悪なムードに危機感を覚えた粛と額彦命が割って入る。
「まあまあ、いいじゃねえかよ。二人とも無事だったことだし、今は生きて再開できた喜びを分かち合おうぜ」
「そうよ。ところで顔琉さん、このまま高幹のところに戻るのか?」
「戻るものか。トンズラするために、高幹がつけると言った護衛も断って、あの門番二人に道案内を頼んだのじゃ。幸い、連中は青熊の所で呑んだくれておる。こんな面倒、三十六計決めるに限る」
すると審判は慌てて、
「ちょ、ちょっと待ってください。では壺関城に袁尚殿はいなかったのですか?」
「あ」
顔琉は急に立ち止まり、阿呆みたいな声を上げた。審判が額に手を当てる。一番肝心なところではないか。尤も、自分が甄梅と共に青熊に捕まったのだから、顔琉ばかりを責められない。
「いかん。そいつをすっかり忘れておった。ううむ、齢をとると忘れっぽくなっていかん」
「仕方ねえよ。俺だって忘れてたもん。高幹に会って、すぐこっちに来たからそれどころじゃなかったなあ」
「では、我々は壺関城に行きましょう。幸い、顔琉殿は顔狼牙の名を騙って高幹にアテにされているようですし、袁尚殿がおられれば、じき会えるでしょう。顔琉殿、それでよろしいか?」
「ふん。好きにせい。儂はもう何もかも面倒くさくなった。せいぜい高幹のところでタダ飯食わせて貰うとするか」
すると山の麓から集団が向かってくる明かりが見えた。
「何だろ。高幹からのお迎えかな」
粛が言った通り、集団は高幹軍の部隊だった。
「おお、顔狼牙。お付きの方はご無事でしたかな?」
部隊長らしき長身の男が下馬し、拱手した。男は名を安国といった。
「ああ。おかげ様でな。話もすんなり纏まった。ところで何じゃ? お迎えにしては、やけに物々しいのお」
「そのことにございます。至急、壺関城にお戻り下され。今しがた、放っておった斥候が情報を持って帰ってきたのです」
一同は顔を見合わせた。