48 熊の涙
「審判殿、甄梅様から話は聞きました。この河北の戦乱を鎮めるため、甄梅様と貴方様は袁尚殿の元へ向かわれておられるとか。我等に異を唱える道理はありませぬ。しかし、ここで会ったのも何かの縁。ついてはお二方共、この青熊に留まっては頂けないでしょうか」
何だか話が厄介な方向に向いてきた。審判は理由を聞いた。
「我等は賊徒に身を落とし、悪事を重ね、心は荒みきっております。我々には心の支えが必要なのです。願わくば甄梅様にはここに留まり、祭祀を執り行って欲しいのです」
再び汝唐は頭を下げた。冗談じゃないと思ったが、汝唐は更なる難題をふっかけてきた。
「では審判殿。貴方だけでも、この青熊に身を投じて頂けぬか」
甄梅はまだ分かるが、何故自分が引き留められるのかさっぱり理解できない。納得いく説明を審判は求めた。
「みどもの娘はもうご存知でしょう。あれはみどもが不惑の頃に授かった末娘でしてな。目に入れても痛くない可愛い娘です」
「そんなに大事な娘なら、何故、賊の頭まがいの真似をやらせているのです」
話が嫌な方向に行きそうなのを察した審判が正論を吐いてやり過ごそうとする。
「面目次第もござらぬ。しかし、あれの兄達は慣れぬ盗賊稼業で次々早世しまして、一人残ったあれが気丈にも青熊を背負っておるのです。何とかしてやりたいが、みどもも病を得て、余命いくばくもござらぬ」
汝唐は涙を拭いながら話を接ぐ。
「聞くところによると貴方様の武力はかなりのものとか。幸い、汝水の奴も貴方を気にしておる様子。ここにおる連中は皆、農民上がりで戦や武芸はからきしでして、このままでは我らの末路、目に見えるというもの。貴方様のような方がこの青熊を継いで頂ければこの老骨、安心して死ぬことができ、できまするううっ」
言葉の終わりはもう、嗚咽交じりだった。審判は困り果てた。自分も甄梅も危害を加えられないのは幸いだったが、別の意味で厄介なことになった。福がやたら自分を持ち上げていたのはそういう訳かと合点もいった。しかし、こうなると年寄りはもう止まらない。審判に縋り付いて懇願してきた。
「勝手を申しておるのは重々承知。しかし敢えて、敢えてお頼み申す。甄梅様を袁尚殿の元へ送り届けられた後でもよいのです。何卒、何卒この老骨と娘を、青熊の皆を助けてやって欲しいのです」
最早完全にお手上げだった。助け舟を求めて甄梅に目を遣るが、甄梅も呆気にとられている。さあ、どうやって切り抜けようかと言い訳、嘘を頭の中で並べ立てるが、いい考えが浮かばない。すると手下達が大慌てで入ってきた。
「大変だ。お頭。高幹とこの役人が、審判さんの連れと一緒に乗り込んできたぜ」
これを聞いた審判はぎくりとした。恐らく顔琉達が高幹と手を組んで自分達を助けるために殴り込みをかけてきたのだと解釈した。しかし青熊は高幹の支配下にある。誤解はすぐに解けるだろう。問題はその後だ。彼らの事情を知れば顔琉は甄梅をここに置いて行けと言うだろう。自分にもここに留まれと言い出すかもしれない。審判は頭を抱えた。