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44 囚われた猿

 体中が痛む。息ができない。あの時、倉亭で殺した幾人もの顔が次々と現れる。ある者は怒り、ある者は笑い、審判の手足を掴み、闇に引き摺り込もうとする。声を上げようとするが出ない。駄目だ。目を開けろ。息をしろ。でないと闇に引き込まれるぞ。心の中で絶叫するが体が動かない。必死に動こうとするが適わず、諦めかけた時、カサリと虫の羽音が聞こえた。その音で審判の意識と体は繋がり、息をすることができた。

 目を開けると松明に一匹の蛾が纏わりついていた。その蛾の羽音で助かった。審判は心の中で蛾に礼を言い、首をゆっくり起こすと、そこは牢の中だった。頑丈な木の格子の向こうに松明はあった。審判は囚われの猿になった気がした。体のあちこちが痛い。女盗賊との一騎打ちに勝利するも袋叩きにされ、縛られたところまでは覚えている。では、ここは賊の巣窟か。自分は虜囚になったのかと得心した。なんとあっけない旅の終わりであろうかと嘆息する。三月余りで高幹のすぐ近くまで来ながら、賊に囚われ甄梅の安否も分からない。もしかすると一生ここに囚われの身か、いや、賊が親切にただ飯を食わせてくれるとも思えない。近いうちに殺されるのだろうと思った。

 暫くすると何者かが降りてくる気配がした。いよいよお迎えかと思ったが、現れたのはあの女盗賊に一喝されていた頼りない男だった。

「よう、気が付いたか。あの時は済まなかったな。ああでもしなきゃ汝水の姐御が殺されちまうと思ったんだ。詫びって訳でもないが、これでも食ってくれ」

 差し出されたのは椀に盛られた粗末な粥だった。腹も空かせ口中も切っていた審判には有難い馳走だ。粥をすする間にも男は話しかけてきた。男は名を福といった。

「まずはアンタに礼を言いてえ。姐御を殺さないでくれてよ。ああ見えて結構可愛そうな人なんだ。へへへ、実は俺っち、姐御とは幼馴染なんだ」

 聞きながら何故、自分はこんな賊徒の身の上話を聞かされるのか不思議だった。

「アンタの腕前は大したもんだ。鬼神の剣っていうのかな。汝水の姐御を簡単に倒しちまうんだから。姐御も撃剣では人後に落ちないが、天下は広いと思ったよ。俺っち」

 審判はやたら自分を持ち上げる福を訝ったが、口ぶりからあの女盗賊に気があるのだなと思った。

「それと、あの巫女様は無事だから安心してくれ。今頃、頭領達が慌てふためいてるぜ。アンタに狼藉を働いちまってよ。まさかお付きの人とは思わなかったんでな」

 福の説明はさっぱり要領を得ないが、甄梅に危害を加えるつもりはないらしい。自分も殺される風ではない。どういうことだろうかと審判は首を傾げた。

「それにしてもたまげたぜ。あの巫女様、終始気丈に振舞って、アンタを助けてくれの一点張りでよ。代わりに自分を殺してくれと言われた日にゃ涙が出ちまったよ」

 余りに突飛な話に審判は阿呆みたいな顔になった。審判は甄梅に恨まれこそすれ、身を挺してまで助けて貰う覚えはない。本当だろうか、などと思っていると数人が降りてくる気配がした。

「やべえ。お偉方が来た。なに、心配無用だ。アンタを解放しに来たんだよ。俺が差し入れに来たことは内緒な」

 福はそう言って空になった椀をひったくって姿を消した。入れ替わりに現れたのは女盗賊、汝水と、付き従う数人の男達だった。

「審判さん、だよね。その節は済まなかった。知らぬこととはいえ、無礼を働いた上、一騎打ちに勝った審判さんに手荒なことしちまった。手下がやったこととはいえ、私の責任だ。この落とし前はちゃんとつけるつもりだ」

 以前、戦ったときのような虚勢はもう、汝水にはない。逆に申し訳なさそうなその態度はかえって気の毒なくらいだ。

 牢から出された審判は頭領の邸に案内された。体中が痛むが打撲程度で、大した怪我は負わずに済んだようだ。汝水達に連れられて審判は頭領の部屋に入った。そこには客として遇されている甄梅と、禿頭の大男が座っていた。年の頃は顔琉と同じくらいであろうか。頭領は難儀そうに立ち上がり、拱手して名を汝唐と名乗った。


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