37 顔琉の背中
一方、顔琉達三人は意外にも善戦していた。尤も、殆どの賊徒が審判、甄梅、そして羊耳の部隊に食い付いたため、僅か三人の彼らは見向きもされなかったというのが実情である。更に顔琉、額彦命の武力の前では賊など敵ではない。頼みの数の優位がなければ賊徒はただ、圧倒されるばかりだった。暫くすると賊が少しずつ退き始めた。羊耳も逃げてしまい、顔琉達も手強いと見たのか、放っとけと言わんばかりに引き上げていった。
「やった。あいつら、兵を退いたぞ。俺達、命拾いしたんだ」
疲労困憊の粛がその場にへたり込みつつ、喜びを露にした。だが顔琉は、
「気に入らんのお。まるで目的を果たしたから、儂らには用はないと言わんばかりじゃ。もしかすると奴ら、狙いは豎子か、娘っ子の方だったのかも知れん」
「嫌なこと言うなよ。それじゃまるで、二人はもう殺されちまってるような口ぶりじゃないか」
「儂はそのつもりで言うたのじゃが。ま、運が良ければ捕まったのかもしれんがのお」
「どっちにしても最悪じゃねえかよ。それでもアンタ、審判の用心棒かよ」
粛と顔琉がやり合っていると額彦命が仲裁に入る。
「二人とも、喧嘩してる場合違うよ。兎に角、審判さんが逃げた方向行ってみるね」
額彦命に宥められ、移動を開始してからも、二人は暫くやり合っていたが、地面に目を凝らしていた額彦命の足がピタリと止まった。さすがにこの男もキレたのだろうか。粛と顔琉に緊張が走る。が、
「この辺りで流が走れなくなったね」
「誰だよ、流って」
「顔琉さんが捕まえた、あの馬の名前よ。尤も、命名したのは甄梅さんだけど」
「待て待て。なんじゃ、その誰かに似た名前は。大体、お前さん方、いつの間にそんなに仲良くなってたんじゃ」
「いや、それよりも、なんでその流が走れなくなったってのが分かるんだよ」
「地面の蹄の跡見れば分かる。この辺り、争った跡もある。途中で審判さんだけ流から降りて、一騎打ちした後、乱闘になってるね」
説明されて二人は目を皿のようにして地面を眺めるがさっぱり分からない。
「それで、豎子がどうなったかは分かるのか」
「ううん、血の跡もないし、流が大人しくついて行ったところを見ると、捕まった思うね」
「じゃ、じゃあ、無事は無事なんだな。当然、どっちに行ったのかも分かるんだよな」
「分かる」
額彦命はそう言って、北にある山を指差した。
「よし。早速行こう。二人を助け出すんだ」
粛の呼びかけに額彦命が首肯する。が、顔琉が異議を唱えた。
「いや、まず儂らは高幹の所へ行く方が近道じゃ。そこで賊と渡りをつける」
「何でだよ。高幹の城に行って、何で賊と話ができるんだ」
「考えてもみろ。ここ、壺関は壺関城の橋頭堡じゃ。そんな要衝の地に賊が我が物顔で現れたりするものか。奴ら、高幹の息がかかっておるのじゃよ」
「どういうことだよ。訳分かんねえよ」
「お主、軍人のくせに賊はなんでもかんでも悪事を働く集団だと思うておるのではあるまいな? 確かに、ただの無法者の集団もあるが、殆どが裏で領主や執政官と手を組んで、持ちつ持たれつでやっておるのじゃよ」
顔琉の説明に粛は腑に落ちるものがあった。江戸時代の同心が岡っ引きにやくざ者を使うのと理屈は同じである。蛇の道に蛇を使うのは洋の東西を問わない。
「顔琉さん、それは分かったけど、早くしないと二人が危ないと違うか」
「豎子は一騎打ちをやらかしたのであろう? その上で娘っ子と連行されたのは、勝ったからじゃよ。心配は要らぬ。賊には賊の仁義というものがあるでな」
顔琉はそう言って、鉄棍を杖代わりに西に向かって歩き始めた。粛と額彦命は唖然として顔を見合わせる。もしかすると顔琉もまた、賊に身を落としていた頃があったのでは。粛は顔琉の背を眺めつつ、そう思った。




