32 羊耳雪辱戦
一行は更に西進し、并州は壺関という場所に差し掛かった。壺関は文字通りすり鉢上の地形で、ぐるりを岩山に囲まれ、奇岩、奇石が辺りに転がり、壺の中を連想させる。この壺関を越えれば并州刺史、高幹の本拠地、壺関城である。
やっとここまで辿り着いた。審判、粛が感慨に耽る傍ら、顔琉も壺関の景色を眺め、
「ここが古戦場としても名高い壺関か。なるほど、天然の要害だわい。東から并州に攻め込むには、この地を通るのが適当だが、伏勢を配置し易い上、陣を構えるには向かん。高幹が曹操軍を迎え撃つならここであろう」
「へえ、爺さん、用兵の経験があるのかい?」
粛が感心して聞く。
「いいや。儂は武芸は嗜むが戦は素人だ。人を率いる才覚にも欠けておるでな。合戦場を眺めて戦に向くのが分かる程度よ。どう攻めて、どう守るかまでは理解の埒外じゃ」
本音か謙遜かは分からないが、審判は顔良を思い出した。武人としては傑出していたが軍を率いる将としては凡庸な所があった。関羽に討たれたのもそこに原因があったと言えなくもない。顔琉が自分の才覚に見切りをつけたのは年の功だろうか。そんなことを考えていると顔琉が後方に目を遣り、審判達に注意を促した。
「どうやら高幹より先に、儂らが一戦交える事になりそうじゃ」
不吉な言葉に、審判、粛、額彦命の三人も後方に目を凝らした。確かに、百人規模の部隊が近づいてきている。三人はそれぞれ武器を構え臨戦態勢をとる。
「曹操軍にしちゃ、えらく小規模だよな。斥候かな?」
粛が疑問を呈すると額彦命が、
「粛さん、あの部隊、丹城の兵よ。もしかして羊耳とか言う男と違うか?」
「こんな所から分かるのかよ。あんた、えらく目がいいな」
二人の会話を受け、審判も目を凝らす。言われてみれば、確かに羊耳らしき男が見えた。
「豎子よ、馬に乗れ。娘っ子を人質にでもされては適わん。何となれば二人で壺関城へ向かえ」
顔琉に促され、審判が甄梅の後ろに乗る。確かに甄梅一人では乱戦になれば難なく敵の手に落ちるだろう。とはいえ、二人乗りではすぐに追いつかれてしまう。焼け石に水とも思ったが、他に妙案もなかった。
「畜生。壺関の城は目の前だってえのに、何で追手が来るんだよ」
粛が弱音を吐いたが、追っ手というより元々、曹操は高幹を攻める肚だったのではないのか。ならば降服した丹城の兵が斥候の任に就くのは自然なことだ。彼らには土地勘があり、失っても惜しくはない。
そんなことを考えている間に部隊は一行に追いついてきた。顔琉を認めた羊耳は多少驚いたようだが、すぐに破顔した。




