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31 手放せぬ者

「そもそも袁紹には乱世を平定できる才覚も度胸もなかった。そんな凡人が色気を出して天下人になろうとしたってそりゃ無理だ。乱世で善人たらんとすれば世を捨てるしかなく、勝ち抜きたければ悪党になるしかない。また、そんなことも分からず、袁紹を担ぎ上げた連中も同罪よ」

 顔琉が官渡の戦いをそう、総括した。図星なだけに審判と粛は居心地が悪い。

 丹城から無事、脱出できた一行はひと月余りで并州に辿り着いていた。その間、甄梅の面倒を額彦命が何かと焼き、険しかった表情も幾らか和らぎ、少しながらも言葉を交わしているようである。かたや倭国の異邦人。かたや呪詛の家系。似たような境遇からか、両者に通じるものがあるのかもしれない。

「爺さん、やっぱり息子を袁紹殿に死なされたこと、根に持ってるだろ」

 やるせない粛が苦言を呈した。

「神や仙人ではない。多少はな。とはいえ、袁紹に同情する余裕も儂にはあるぞ」

 どういうことかと審判が問うた。

「袁紹は生まれながらにして名門であった。つまり、他の者より多くお荷物を背負い込んでいた訳だ。土地。金。家柄がそれだ」

 その指摘には審判も腑に落ちる部分がある。

「それは人の心や意志を縛る枷になる。本人の意識の外でな。そして冀州という肥沃な地も労せず得てしもうた。大地は人を養うが、私すると大変なしっぺ返しを食う。大地を支配したと錯誤した者は大地に囚われ、大地しか見えなくなり、取り殺されちまうのだ。普通の者ならそんな真理、教えられずとも自然に気付くが、袁紹のような生い立ちでは、それも難しかったであろうのお」

 さっきまで和らいでいた甄梅の表情が再び曇った。が、それに気付く者はいない。皆が顔琉に注目し、審判が更に問う。

「つまり、生まれ育ちだけでなく、自分が築いた財産や土地にさえ、人は振り回されるということですか」

「左様。とはいえ、皆が皆と言う訳でもないぞ。名門や資産家の生まれでも、それらをすべからく手放し、心を、魂を呪縛から解き放った先達も大勢いる。尤も、万人にできることでもないがな。考えようによっては、おぎゃあと生まれついた時、既に得ていた富や名声を手放すのは得るより難しいのかもしれん。そのあたりの心理、儂のような風来坊には理解しようもないがのお」

 いつの間にか袁紹の話が自分に置き換わっているような気が、審判はした。袁紹ほどではないにしろ、冀州の高官、審配の総領として、その恩恵に浴していた。顔琉の言う通り、未だにそれを捨てられず、気に食わない袁尚の元に馳せ参じようとしている。生まれた時に得ていた資産を手放せないのだ。全てを捨て、身一つで天下に飛び出す度胸がない。その臆病を偽るために、甄梅を利用しようとしているのではないか。審判さえ自覚していなかった己の心の奥底を、顔琉に看破された気がした。


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