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27 甄梅の予言

「それにしても、袁尚の奴は何処へ逃げたのじゃろう」

「こっから先の并州刺史、高幹のところってのが専らの噂だけどなあ。北の幽州に行っても兵力は高が知れてるし、この前まで後継争ってた袁熙のところに転がり込んでもなあ。ただ、妙な噂もあるんだがな」

「妙な噂?」

「へへへ。この噂はちょっとなあ」

 顔琉は男の意図を察して金を置いた。

「黒山の頭目、張飛燕って奴は知ってるかい?」

「まあ、人並みにはな」

「賊の頭目にしておくには惜しい遣り手で、袁尚はこの張飛燕と合力して曹操に当たるんじゃないかって噂があるんだ。でも黒山は元々、公孫瓚と手を組んで冀州を脅かしてただろ。言わば袁家の仇敵だ。なんでそんな噂が流れるのか知らないが、きな臭いものを感じるよなあ」

 張飛燕は元々、猪飛燕という名で、張牛角という頭目から黒山を引き継いでから張飛燕と名乗るようになり、たちまち黒山を百万と号する大勢力に伸し上げた。ちなみに劉備三兄弟の張飛益徳とは全くの別人なので注意してほしい。

 審判にはもうそんな話は耳に入ってこなかった。父も、母も、もうこの世にはいないとは、俄かには信じられなかった。が、不意に男の話が再び審判の意識を捉えた。

「それとよ、さっきそこの兄ちゃんに話の腰を折られたが、鄴の後日談はまだあるんだ。曹操の息子、曹丕が鄴の官府に踏み込むと、そこには大変な美人がいたんだと。袁熙の妻だってえけど、袁熙は遠く幽州だろ。おかしな話じゃねえか。大方、審配かその息子あたりの二号だったんだろ。んで、曹丕はその女にイカれちまって、自分の妻にしたんだとよ。俺もあやかりてえもんだ。女の名前は、なんていったかなあ。よく覚えてねえや」

 審判は茫然とした。審配は甄氏を曹操の愛妾にすると言っていた。が、その策は失敗し、曹丕が甄氏を娶った。では、断絶するのは曹丕の家系で、他の曹氏は残ることになる。尤も、彼女達の呪詛の力など信じてはいないのだが。

「そうか。いろいろ聞かせて貰って楽しかったよ。これは礼だ」

 顔琉は男の前に二、三日分の飲み代を置いた。

「おいおい、こんなに貰っちゃかえって悪いよ。爺さん、アンタ長生きするぜ」

 二人は酒場を出て安宿に戻った。粛が審判の様子に気付き、顔琉が説明した。

「鄴で父だけでなく、母も、一族皆殺されたらしい。罪もない辛毘の一族を手にかけたのだから仕方あるまい。曹操は鄴の民を支配下におくために、審配を慰み者に使ったのだろう」

「そ、そうだったのか。でもよ、酒場で呑んでた男の言うことだろ。アテにはならないって」

 すると審判が激昂した。

「適当なことを言うな。お前の母親は殺されたりしないだろう。でもな、俺の両親は殺されても不思議はないんだ。そういう立場なんだ。父も、母も殺されたと聞かされた俺の気持ちの、何が分かる」

 粛は慌てて平謝りしたが、顔琉が審判の耳をつまんで引っ張った。

「豎子よ、ちょっと来い」

 痛がる審判を連れて顔琉は宿の裏手に出た。

「粛はお前を励ますために言ったのに、なんだ、あの言い草は。大体、お前の父が招いた因果応報であろう。ではどう言えばいいのだ。お前だけ生き残って良かったなとでも言えば満足したのか。違うな。お前はただ友に甘えておるだけだ」

「ええ、そうですよ。私は粛が口答えできぬのを知ってて当たったのです。では、貴方はどうなのです。貴方の依頼主である父を貶めるのが、貴方の仰る侠ですか」

 審判は膝をつき、涙を流して言った。

「儂の依頼主だと? 救いようのない豎子だ。儂を雇ったのはお前の母者だ」

 意外な言葉を聞き、審判がはっとして顔を上げた。

「儂と永夫人は同郷でな。そのツテを頼りに儂に依頼してきたのじゃ。でなければ息子を袁紹に推薦した奴の息子など護るものか。尤も、家を買えるほどの大枚貰うて、余り文句も言えぬがな」

 今まで気付きもしなかった。母とはずっと疎遠になっていたが、彼女ならそれくらいしても不思議ではない。

「永夫人からお前の話を聞いたとき、儂は豎子じゃと思うたよ。父の言うことばかり聞いて、戦に出るしか頭にないとな。心配で堪らぬと涙ながらに訴えられては、引き受けぬ訳にもいくまい。お前の母こそ気の毒よ。なんの落ち度も、罪もないのに、亭主が審配であったというだけで殺された。お前は一体何をやっておった。お前の父は何をしていた。夫人を助けることも、守ることもできたのにしなかった」

「もう、もうやめてくだされ」

「ふん、聞きたくないことから耳を塞げば事実が消えてなくなるとでも思うておるのか。お前の父は韓馥を陥れ、冀州を袁紹に売り渡し戦乱に叩き込み、沮授、田豊を死に追いやった。他にも黒い噂は色々聞く。そんな父にお前は心酔し、大方、戦で功挙げ名を成す夢にでも浮かされておったのだろう。儂を雇ったのも父だと思うておったとはな。所詮、蛙の子は蛙といったところか」

 審判は聞きたくなかったが顔琉の言葉は次々と心に突き刺さった。同時に、母とは最後にどんな言葉を交わしたか、記憶を辿ったが思い出せなかった。

 顔琉が立ち去り、審判は一人とり残された。あの夜、夢の中で甄梅が言っていた。全てその通りであった。


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