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26 出ると負け軍師

「遠慮するな。まあ、呑め、呑め」

 顔琉はそう言って行きずりの男に酒を振舞った。

 并州との州境に差し掛かった一行は小さな村に立ち寄り、骨休めができた。ついでにと、顔琉は審判と共に情報収集のため酒場に入った。捕まえた男は饒舌であった。

「曹操が鄴を落とすと、袁譚が調子に乗って勝手に冀州の城の幾つかを攻め取ったんだ。これが曹操を怒らせてよ、袁譚を攻め滅ぼすべく軍を発したらしいぜ」

 審判は嘆息した。曹操が袁譚に協力したのは端から袁家を潰すためだ。袁尚という狡兎が死ねば、袁譚という走狗が煮られるのは火を見るより明らかだ。なのに袁譚は下らぬ野心を起こし、曹操に攻められるめいぶん名分を与えた。だが、男は説明した。

「いやいや、そうじゃない。同盟じゃなく、袁譚は曹操に降服して配下になってたんだな、これが」

「では同盟破棄より尚、悪質じゃのお。袁譚の節操のなさは一体何なのじゃろう」

 顔琉の疑問にも男は答えてくれた。

「なんでも袁譚の軍師の郭図って奴が袁譚を唆したって話だ。このまま曹操の配下でいれば、いつか粛清されるって吹き込まれたんじゃないの?」

「何故そんな真似をする必要がある。それでは主のみならず、自分も破滅するだけじゃろう」

「実はな、面白い噂があるんだ」

 男は唇を湿した。

 宮廷の宦官の中でも特に力を持っていた十常侍と呼ばれる皇帝の側近がいた。十人とも、十二人いたとも伝わる。その中の一人、郭勝という宦官が郭図とゆかりがあったというのだ。郭勝は十常侍のメンバーでありながら他の宦官とは距離を置き、逆に宮廷から十常侍の影響力を排除しようとする、清流という官僚グループに近い思想の持ち主で、実際に運動も起こしていた。だが宦官誅滅で郭勝をも殺した袁紹に復讐するため、郭図は袁紹に仕え、裏目、裏目に出る献策をしたのだという。出ると負け軍師などと揶揄された郭図だったが、実は相当な食わせ者だったということになる。が、根も葉もない噂であった。

「なるほどのお。郭図は袁紹が死んだ後、袁譚の正軍師に抜擢されたが、とんだ獅子身中の虫だったという訳か。そ奴が袁譚を操って、袁家を破滅に導こうとしたのじゃな」

 言いながら顔琉は酌をした。

「まあ、噂だけどね。それにしたって郭図なんてまだ可愛い方さ。冀州を食い物にした審配に比べりゃあな」

「どういう意味ですか」

 思わず審判が問い質した。

「審配は逢紀らとつるんで沮授や田豊のような本当の賢臣を追い落として死に追いやったんだ。口は上手いし人気はあったし、顔もそこそこ良かったし、大衆はあいつに利用されたんだよ。官渡への出兵も奴が主張した事だろ。ボロ負けした倉亭では正軍師だ。鄴が陥落した時には籠城戦の指揮を執ってた。郭図なんか裸足で逃げ出すダメ軍師じゃないか。今にして思えば韓馥が袁紹なんぞに牧の印璽を渡しちまったのが間違いの元さ。それもこれもみんな審配の仕業だろ。郭図と違って、奴に袁紹を恨む筋合いもないしなあ」

 怒りと情けなさに震える審判を顔琉は抑え、酒を男に勧めると、鄴の顛末を語った。

「鄴が落ちると審配は曹操の前に引っ立てられて斬首。逃げた総領以外、一族郎党、鄴の連中に皆殺しにされたとよ。ま、当然の報いだな」

「何だとッ。それは本当か?」

 審判はいきなり立ち上がり男の胸ぐらを掴んだ。

「あ、ああ、本当だ。曹操に降服した辛毘が審配の処刑を嘆願したらしい。曹操にしたって、審配みたいな疫病神はさすがにいらないよな。それよりなんだ? アンタ、まさか審配ゆかりの者じゃないだろうな」

「ああ、すまんすまん。此奴は儒生かぶれでの。不謹慎な話を聞くといつもこうなのじゃ。ほれ、お前も謝らんかい」

 顔琉が取り繕い、審判は力なく座った。


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