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19 袁尚という男

「偉そうなことを吐かすな。大体、貴様らが不甲斐ないから袁尚殿御自ら、森の中にまで出張ってこられたのだぞ」

 袁尚の心の機敏を知る、また別のお付きが叱責した。

「それは弁明の余地がございませぬゆえ、申し訳ない次第であります。しかし、ここはみどもの進言をお容れ下され。きっと満足される獲物を引っ張り出してご覧に入れましょう」

 この審判の言に、なにを、と、お付き達が凄んだが、袁尚がそれを制した。

「待て。ならばその獲物の代わりに、貴様を仕留めてやろうか」

 袁尚は薄ら笑いを浮かべ、馬上から弓をきりきりと審判に向けて引き絞った。審判は息を呑んだが、ここで醜態を晒す真似など今更できない。だが、これがいけなかった。袁尚としては弓矢を向けられた直言の若者が不様に命乞いをしてくれれば恰好がついたのである。武器をちらつかせた者が無手の者にその切っ先を向けたなら、もう矛を収めることはできない。相手が怯んでくれなければ手にした武器で突くしか選択肢はなくなる。そうしなければ武器を持つ者の面子が立たない。非常に下らぬ面子だが、一度武器を向けた者はその面子が殊更、大事になるらしい。

 審判の命は風前の灯となった。ここで袁尚が審判を射殺しても、お付きと口裏を合わせれば狩りの最中の事故として完全犯罪が成立しただろう。だが、ここで天佑があった。

「馬鹿! 何やってんだ。さっさと頭を下げないか」

 突如、脇から出てきた粛が審判の頭を掴み、二人して地べたに額を擦りつけた。

「申し訳ありません。この男、袁紹殿の参謀、審配正南殿のご嫡男ゆえ、袁尚殿に多少の無礼はあったと存じますが忠心から出たことなれば、平にご容赦下さい」

 粛が審配の名を出したのは、袁尚を後継者に推す派閥の領袖が審配その人だったからである。その効果は絶大だったようで、袁尚の顔色が変わり、お付き達もうろたえている。

「貴様、あの審配の息子か。顔を上げよ」

 言われて審判が頭を上げる。

「ふむ。確かに面影がある。嘘ではなさそうだ。よかろう。貴様の父に免じて、今回の無礼は不問にしてやる」

 袁尚にしてみれば格好の落とし処だった。お付きも胸を撫で下ろした。

「待て。貴様、名はなんと言う」

 袁尚に聞かれて審判は名乗ったが、あまり良い気はしなかった。

「審判か。安心しろ。名を聞いたことに他意はない。だが覚えておけ。俺は父上のように甘くはない。貴様の父が審配だからといって、その息子をそのまま重用するほどお人好しではないからな。俺に直言したくば、それなりの地位に昇ってからにしておけ」

 袁尚はそう言うと跪いた二人に泥を撥ね、お付きと共に去っていった。

「何故、父上の名を出した」

「悪かったよ。でも、ああでも言わなきゃ、多分収まりつかなかったろ。袁尚なんて、お前の親父さんの力で後継者候補になって粋がってるだけのドラ息子だ。下手に刺激することないって」

今までは審判が袁尚の立場であり、袁尚は鏡に映った自分の姿だった。審判はこれまでの自分を省みた。自分もまた袁尚のように振る舞い、粛や同僚達に同じ思いをさせはしなかったかと。

 その日の狩りはつつがなく終わった。成果も野鳥が数羽。野兎、狸が数匹という地味な結果だった。

「これで分かっただろう。お前達の日ごろの気構え、訓練がどの程度のものか。これが戦なら全員罪に問う所である。これからは更に任務、訓練に精励せよ。以上」

 自分の腕を棚上げする袁尚の訓示に皆、鼻白んでいた。結局、今回の狩りは袁紹の御子息の暇つぶし、父親へのアピール、自慰行為の類であったのは誰の目にも明らかなのに、袁尚自身がそのことに気付いていない。そんなものに付き合わされた者達、とりわけ審判の袁尚に対する第一印象は最悪であった。

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