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16 審配 正南


「お帰りなさいませ、父上」

 審判が拱手して帰宅した父を出迎えると、粛と雷天も畏まった。審配は穏やかに微笑し、「なにがお帰りなさいだ。それは私の台詞だ。久しぶりだな。今夜は心ゆくまで飲み明かそうではないか。士官学校での話も聞きたい」

「いえ、そういう訳には参りません。上官に無理を言って出てきましたゆえ」

「それは残念だ。ところで、粛と、いま一人の若者はどちらのご子息かな?」

「鄴の青年部隊でも首席を争う雷天という剛の者です。必ずや、一軍の将になるであろう逸材にございます」

「そうか。それは頼もしい。よい友人を持ったな。雷天君、不肖の息子だが、よろしく頼む」

 ははっと雷天が気負いつつ応じた。

 やがて四人は応接室に入り、席について本題に入る。審判が自分達はもう一人前であること、公孫瓚討伐軍になんとか審配の力で組み込んでくれよう頼んだが、審配はなかなか首を縦に振らない。今や審配は沮授や田豊を凌ぐ信任を袁紹から受けており、そんな自分が私事で軍の編成に介入できないというのがその理由だ。そこまで言われては審判も立場上、無理も言えない。すると雷天が跪いて懇願した。

「審配殿の仰ること、甚だ尤もにござりますれば、みどもに一言もありません。しかし、みどもを一兵卒としてでも軍の末席に就かせて頂ければ、身命を賭して審配殿のご厚意に報いる所存。何卒、何卒この雷天めを帷幕の一人にお加えくだされ」

 雷天の決意を見せつけられた審配はふうむと考え込んだ。

「実はな、私も今、些か危うい立場にあるのだ。ご主君の信任を得れば、おのずと敵が増えるものだ。私を追い落とそうとするばかりか、命を狙う者まで出る始末だ」

 審判は言われて沮授、田豊を真っ先に思い浮かべた。三人は韓馥から横滑りで袁紹に仕えることとなったが、それにより地位を高めたのは審配だけで、後の二人は最初こそ袁紹に喜んで迎え入れられたが、二人の進言は袁紹には意に沿わぬものばかりで次第に遠ざけられるようになったという。いかにも男の嫉妬を買いそうなシチュエーションだ。だが、審配が言うには郭図という謀臣の派閥が審配閥と争っているという。種を明かせば郭図が袁紹の長男、袁譚に付き、審配が三男、袁尚を擁立して跡目争いをしているのだった。また、審配は、

 辛毘。

 という文官とも対立していると言った。

「そこでだ。雷天君を私の護衛として取り立てよう。そのくらいなら、公私混同のそしりは受けまい」

「そんなあ。それじゃ、俺達は置いてけぼりですか」

 残念そうに訴える粛を審配はやさしく宥めた。

「まあ、まあ。詳しいことは言えないが、今度の公孫瓚討伐は前哨戦に過ぎぬ。そこで雷天君が活躍を見せれば君達にも出陣の機会が訪れるという寸法だ」

 審配に諭され粛も引き退がった。審判も気持ちは同じだったが、

「まあ、いいじゃないか。父上がそう言うなら、俺達も近いうちに初陣できるさ。雷天が出られるだけでも来た甲斐があったってもんだ」

 審判がそう言うと雷天も、

「ありがたき幸せ。この雷天、審配殿をご主君と仰ぎ、命を懸け、御身、護らせて頂く所存」

 肩に力の入った雷天を審判と粛が宥め、四人は暫し歓談し、お開きとなった。

 三人が審配に別れの挨拶を済ませ、邸を後にしかけたとき、またしても母親の永夫人が追いかけてきた。粛や雷天の目の前で、審判としては恥ずかしくて仕方ない。

「待っておくれ、判。軍隊で何か不自由はしていないかい? これ、持って行きなさい」

 母親はそう言って金子が入っているであろう袋を審判の手に持たせようとした。が、審判はそれを地面に払い落とし、わざと邪険にした。

「おやめ下さい。私は審正南の嫡男であり、冀州の禄を食む者なのです。このような真似をされては、却って迷惑なのです」

 審判が一喝すると母はうろたえ、

「ご免なさいね。判のことが心配でつい。それよりまさか、近いうちに貴方も戦に出るの?何かそのことでお父様に相談しに来たの? もし困ったことがあったら私にも相談なさい。貴方が駄目でも、私からもお父様にお願いするから」

 永夫人が審判を戦場に遣りたくないのは明らかだった。父が幼少の審判を士官学校に入れるときも涙ながらに反対した人だったから。

「母上には関係のない話です。私はもう子供ではありませぬゆえ、二度といらぬ心配はご遠慮願います。では」

 審判が気まずそうに佇む二人を促し踵を返すと、またも背後から母親の声が聞こえた。

「判、戦になっても、貴方が行くことないんですよ。くれぐれも体に気をつけてね」

 審判は顔から火が出る思いだったが、雷天がぽつりと言った。

「いいな。おっ母さんってのは」

「ああ、おまけに美人だしな」

 粛が追従した。二人に悪気がないのは分かっていたが、やはり審判は半人前扱いされたようで居心地が悪い。三人はそれから何を喋るでもなく帰路に着いた。それからひと月もたたないうちに雷天に辞令が下り、審判に礼を言いつつ士官学校から去っていった。ときに建安三年。公孫瓚滅亡の一年前のことであった。


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