13 界橋の戦い
「今、この冀州のみならず、河北の地は多くの危機に直面しています。董卓は天子の後見人という立場を利用して権力を私し、事実上、漢王朝の権威は失墜しています。それをよいことに北の公孫瓚は冀州の国境を執拗に侵し、なし崩し的に冀州の領土の所有権を主張しようとしております。また、黒山という妖賊もこれに加担し、罪もない冀州の民を脅かしております。祖父、祖母、親、子、孫に至る冀州の民の生命、財産を守る責任が私にはあります。この美しく、豊かな冀州を守る責任が。国というものは一国では守りきることはできません。今こそ、并、青二州だけでなく兗州、豫州とも連携し、断固として冀州を狙う危険な勢力に毅然と対応し、日和見主義から脱却して、強い冀州を取り戻そうではありませんか」
時に拳を振るい、しかし穏やかに語る袁紹に民衆は喝采を惜しまなかった。袁紹は名門の出自も手伝って、大変な人気を持って冀州に迎え入れられたのだ。その様子を聞いた審判や雷天も、ついに自分達の時代の到来かと心躍らせた。
袁紹に率いられた冀州軍の意気は盛んで、界橋の戦いで公孫瓚を大いに打ち破り、黒山も鳴りを潜めた。公孫瓚に呼応した黄巾の残党や北の異民族からなる妖賊も悉く鎮圧した。
袁紹の声望はこの界橋の戦いで天下に響き渡った。尤も、その勝利の立役者は韓馥から袁紹に仕えざるを得なかった参謀、田豊の手腕によるところが大きい。
黄巾の乱から初めてと言っていい勝ち戦に冀州人は沸いた。袁紹を牧に頂いた我々はやはり正しかったのだと。審判、雷天も早く自分達も戦に出られる年齢に達し、戦場を駆け回りたいと思ったものだった。
「あの界橋からもう六年か。長いようであっという間だな」
杯を干しながら雷天が回顧する。
「そうだぜ。これだけ冀州が勝ちまくってるってのに、なんで俺達は毎日訓練なんだ」
すでにほろ酔い加減の粛が相槌を打つ。未成年が酒を、などと言ってはいけない。古代中国では十五も過ぎれば立派な成人とみなされる。にもかかわらず、彼らに初陣のお呼びが掛からないのは、それだけ冀州の兵力が充実している証左であり、鄴には名門の武官も多かった。一日も早く初陣を飾りたい彼らは出陣の命令が他所に下りる度に落胆した。そこで彼らは父、審配のコネを頼りに、近く行われる公孫瓚討伐戦に従軍させてもらうよう便宜を図ってもらおうと直談判に訪れたのだった。
「でもよ、審配殿ほどのお人が息子の頼みとはいえ、私事を聞いてくれるのか?」
ついては来たものの、粛が素朴な疑問を審判に向ける。
「駄目で元々だ。何もしなけりゃ俺達は戦に出ないまま乱世が終わっちまう。やれることは何でもやってみないとな」
「それもそうだな」
粛は頭の後ろで手を組んで、椅子にもたれかかった。その一方で雷天はより深刻な表情だ。戦場でしか己の人生を切り開けないと思っている雷天の意気込みは審判達より切実なのだから。
三人が昔語りなどをしているといつの間にか辺りは暗くなり、下男が主人の帰宅を告げに来た。三人が出迎えに出ると、今、最も冀州に、袁紹に影響力を持つと目されている審配正南がそこにいた。




