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108 出港前夜

「物資の積み込みも大方済んだし、船乗りも足りてるとは言い難いが、人足からモノになりそうな奴を育てりゃなんとかなるだろ。明日にでも城の港から出航できるぜ。問題は城外の曹操軍だな。あればかりはどうにもならん」

 石徳は申し訳なさそうに言ったが、顔琉は意に介している様子はない。

「いや、感謝しておる。色々無理言うて済まなんだ。そっちの方は儂らでなんとかする」

「そりゃまあ、こっちはそれが仕事だからね。しかし、一体どうするつもりなんだ? まさかあの大将と一騎打ちでもやらかすつもりじゃあるまいな」

「まさか。城外にちょいと出て、少し暴れて逃げ出すだけだ。その隙に出航させる。できるか?」

 石徳は腕を組んで考え込んだ。側で聞いていた審判は顔琉がそのために人を集めていたのだと知った。

「ううん。やってみなくちゃ分からないな。ただ、船を出すとなると昼にやるしかない。夜襲で不意打ちができないと分の悪い勝負になるぜ」

「承知の上だ。まあ、お前さんなら上手くやるであろう」

 顔琉はそう言って席を立った。すると甄梅が哀しそうに聞いた。

「顔琉さんも、一緒に倭国に行くことはできないんですか」

「儂をいくつだと思うておる。船旅は過酷だ。若いお前達ならばまだしも、儂は無理だ。それに儂は船というやつが苦手でのお。すぐに戻してしまうのだよ」

 顔琉は笑ってその場から立ち去った。やはり審判を避けているようだった。審判は話があると後を追ったが、忙しいとけんもほろろである。確かに、顔琉は邸に集めたガラの悪い連中と物騒な相談をしていた。要は曹操軍に一泡吹かせてやろうという企みなのだが、何故顔琉がそこまでするのか、理解できなかった。

 いよいよ出航の手筈も整い、決行を明日に控えたその日の晩、城内は物々しかった。港には人が行きかい、出航の準備が進められ、船に荷物が積み込まれていた。その一方で顔琉の集めた愚連隊は完全武装で殺気立ち、酒盛り、博打、何でもありだった。

 審判は顔琉を探した。すると邸の片隅で石に腰掛け、一人、左肩を押さえる顔琉の姿があった。

「やはり、傷が痛むのですね。侯成にやられた左肩が」

「何じゃ、豎子か。明日が正念場だぞ。休める時に休んでおかぬか」

 顔琉は審判を見るなり、やはりそそくさと立ち去ろうとした。が、審判は顔琉の進路を塞ぐ形で跪いた。

「お待ち下さい。聞きたいことがあるのです。何故、顔琉殿は私のためにここまでして下さるのですか。私の母は、貴方に命懸けで私を守ってくれと頼んだのですか」

「前に教えたであろう。倭国に渡れる船を雇えるほどの破格の報酬だ。そこまで見込まれては、命ぐらい懸けねば引き合わんのだ」

「それが分からないのです。そんな危険な仕事なら断っても良い筈です。いえ、貴方はもう充分過ぎるほど、私のために命を張って下さいました。額彦命を助けたいというのは口実で、貴方には他に何か理由があったのではありませんか?」

 顔琉は困惑した。審判は尚も続ける。

「倭国に渡れば、二度とこの国の土を踏むことはないでしょう。顔琉殿とも今生の別れになるのです。このままでは倭国に渡る決心もつきませぬ。何卒、納得いく説明をお聞かせ下さい」

 審判が額を地に擦り付けると、顔琉は空を見上げた。美しい星空だった。

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