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107 大海へと至る

 審判達は山を、川を越え、ひたすら喬を目指した。大所帯で食べ物もろくになく、皆、腹を空かせてはいたが足取りは軽かった。額彦命がどうやっているのか彼らを元気付け、曹操に追われる身なれど顔狼牙がいればなんとかなると思っているようだ。また、審判らの乗る馬も疲れており、あまり無理もさせられず自然、その速度は歩きの者達に合わせることになった。権力を持つ者、人の上に立つ者はとかく歩調を早めたがる。だが、だからこそ、急いではいけないのだ。人を引っ張る者は弱者の、守るべき者の歩調に合わせ、寄り添わなければすぐに見限られ、人が去ってゆくことを審判は体験として知った。果たして袁紹は、審配はどうであったか。そして曹操はどうであろうかと思いを巡らせた。

 更に南進すること数日、ついに一行は喬に辿り着いた。この城も曹操軍の接近に厳戒態勢が敷かれていたが顔琉の顔はここではかなり利くらしく、難なく城内に招き入れられた。自由都市の気風が色濃い喬では商工会が強い権限を持っており、曹操が攻めて来れば降服すれば良いという比較的穏やかなムードも漂っていたのだ。

「顔琉さん、アンタ今まで何やってたんだ。倭国行きの船まで雇っといて、随分待たせるじゃないか」

 そう言って出迎えたのは石徳という喬の顔役だった。

「言うたであろう。船の代金分の仕事をせねばならんと。その仕事がちいと長引いたのじゃ」

「知ってるよ。あちこちで相当暴れまわってたみたいだな。情報が入る度にこの街の遊侠共が盛り上がってたよ。まあ、無事に戻ってくれて何よりだ。ヤバい仕事だったようだな」

「まあな。ところで船は今すぐ出せるか」

「無茶言わんでくれ。山東半島に行く訳じゃなし。倭国だぞ。はい、出航ですよといくもんか。水、食料、物資にゃ手をつけちゃいないが人足が不足してるんだ。曹操があちこちに攻め込んだもんだから、そっちに取られちまった。集めるにはひと月はかかるなあ」

「それでは間に合わん。曹操軍が攻めて来る前に出航できぬのか」

「途中で難破してもいいってんならな。それでなくても、倭国に行くのは博打みたいなもんなんだから」

 顔琉は一刻も早く船を出したがっているようだが、少しの猶予も欲しいと思っていた審判が宥めた。

「顔琉殿、その道の方が仰るのですから従いましょう。ここまで来て焦っても仕方ありません」

 その助け舟に石徳が胸を撫で下ろす。

「話の分かる若い士じゃないか。悪いことは言わんからそうしろ。なるべく急ぐから。その間、ウチの邸に寝泊りするがいいさ」

 顔琉は引き下がったものの、納得はしていないようだった。

 石徳の邸は結構な大きさで、審判とその一行が夜露をしのぐには充分だった。彼らはここでひと心地つき、英気を養うことができたが、顔琉は怪我の手当てもそこそこに、なにやら忙しなく動いていた。血の気の多そうな連中を集め、臨戦態勢を整えているようだった。審判は顔琉に聞きたいことがいくつかあったが、その隙もなかった。あるいは故意に審判を避けているようにも感じた。

 一方、石徳の準備は順調に進んでいた。審判についてきた者達が倭国に行きたいと言い出したので人足の問題はほぼ解消した。曹操軍に始末されかねない状況なので新天地に希望を持つのは分かるが、どうも額彦命に倭国はいいところだと吹き込まれているフシがあった。審判はここにきて額彦命が何者か分からなくなった。人として信頼はしているが、やはり異国の者。得体が知れないのも事実である。だが審判は額彦命も早く故郷に帰りたいのだろうと、自分を納得させた。

 人足は確保できても船乗りは別である。兵士に船の仕事を覚えさせるにも限度がある。倭国に渡るにはどうしても熟練の船乗りが必要であり、出航はもう少し待ってくれと石徳が言ったのは半月ほど経った頃だった。だが、無情にも張遼軍が喬に到着してしまった。侯成を送り届け、進軍を急いだため規模は大きくなく、いきなり攻城戦を仕掛けてくるようなことはなかったが、喬の城門を包囲するには充分だった。張遼は大門の前に布陣し、単騎前に出て大音声を上げた。

「拙者、張遼文遠なり。侯成殿を討ち取りし顔狼牙。いざ勝負。嫌なら額彦命、貴殿でも構わぬぞ。何なら奇妙な技を使う小童、貴様でも良い。逃げようと思うな。船で逃げようものなら火矢で沈めてくれん」

 城壁の上で見ていた粛が舌打ちした。

「張遼の野郎、この粛様を無視して、勝手なことほざいてやがる」

「張遼は粛様を知らないだろ。しかし参ったな。これじゃ出航できないぞ」

 審判はそう言いつつも、どこか安堵していた。倭国に渡る決意云々ではなく、まだこの国にやり残したことがあるような気がした。

 張遼が布陣したまま数日が過ぎた。あくまで、顔琉との勝負に拘っているようにも見える。更に時間が経てば曹操軍の本隊も来るかもしれない。そうなると状況は悪くなるばかりだ。だが、ようやく石徳が出航の準備が整ったと言ってきた。


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