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103 袁尚の尻尾

 商山を降りた一行は柳城を迂回する形で街道に出た。これから遼東郡に入った後、半島にある喬の街を目指すことになる。一行はひと月ほどで半島の南端への岐路になる、金という小さな街に辿り着いた。この辺りまで来るとさすがに曹操の勢力は及んでいないが、いつ曹操が攻めてくるかと、戦々恐々としている。治安も悪くなっており、おいそれと外出もできない状態だった。だが、ここで一行は宿の者から驚くことを聞いた。なんと袁尚が数日前、百人ほどの手勢と共にこの街を通過したというのだ。確たる証拠はないものの、落ち武者然とした姿は袁尚であろうという噂だった。彼らは東に向かって行ったという。公孫康の元に向かったという烏丸の情報とも一致する。件の一行が袁尚とその配下だと確信した審判は袁尚を追うと言い出した。当然、顔琉は渋った。

「しかしのお、ここまで来て袁尚もなにもあるまい。そんな奴は放っておいて、南に向かうべきではないのか」

「無論、倭国に行く決意が揺らいだ訳ではありません。ただ、袁尚に会って、言ってやりたいことがひとつ、ふたつあるのです。後生です。袁尚を追いましょう」

 食い下がる審判に粛が助け舟を出す。

「俺も一発、袁尚にかましてやりたいしな。なあ、いいだろ。袁尚に追いついたら、すぐこの街に戻って喬を目指せば」

 顔琉は仕方なく折れた。倭国に渡れば二度とこの国に戻ることはないであろう。そう思い至り、仏心を起こしたのだが、これが大きな遅れになろうとは、このとき、誰も思わなかった。

 一行は昼夜兼行で袁尚を追った。行く先々でその足跡が掴めた。思いの他、早く追いつけそうだが甄梅と額彦命の疲労が濃くなっていた。額彦命は張遼戦での負傷が完治しておらず、甄梅はやっと流に乗れるようになった程度だ。審判はもどかしかった。だが、ついに十日もした頃に袁尚と思しき一団を見つけた。審判はもう冷静ではいられなかった。

「粛、行くぞ。額彦命、甄梅を頼む」

 審判が叫び、粛と共に馬を飛ばした。

「待たんか、豎子。ここまで来て血気に逸るでない」

 遅れて顔琉が二人を追う。三人の接近に気付いた彼らは慌てて速度を上げる。が、騎馬は先行する十数騎に過ぎず、後は歩兵だ。逃げ切れるものではない。審判は委細構わず彼らを蹴散らす。

「どけッ。お前らに用はない。袁尚は何処だ。袁尚を出せ」

 昼夜の強行軍でここまで逃げてきた彼らに戦う気力は感じられなかった。審判は剣を鞘に収めたまま歩兵を薙ぎ払い、先頭を行く袁尚らしき男の背を捉えた。

「逃げるな袁尚。殺しはしない。お前に話がある。忘れたとは言わさんぞ。審正南の息子、審判だ。止まれと言うのが聞こえんのか。止まらんと殺すぞ」

 自分でも目茶苦茶なことを言っていると思った。だが袁尚は逃げるのをやめない。ならばと審判、袁尚のすぐ後ろまで追い縋り、鞘に収めた剣を積年の恨みとばかりに袁尚の背中に叩き込んだ。袁尚は悲鳴を上げて馬から転げ落ちた。審判はついに袁尚を追い詰めたと思った。倒れた袁尚の前で馬から飛び降り、鞘に収まった剣を突きつける。が、

「違う」

 地面に落ちた男は袁尚と背格好も似ており、華美な鎧を身につけていたが別人であった。

「影武者か。姑息な真似を。袁尚は何処だ」

 審判はそう叫んでぐるりを見渡す。だが、その場にいたのは皆、疲れきり、逃げる気力も失せた者達ばかりで袁尚らしき男はいない。そうこうするうちに粛と顔琉が追いついてきた。すると一人の男が声を上げた。

「おまえ、あの審判なのか? 俺を覚えているか? あの狩りの時の」

 そう言った男の顔は審判も見覚えがあった。袁尚のお付きの一人だった。

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