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100 父の負債

「あの郭嘉という男、本当に儂らのことを口外せなんだのじゃろうか。全くもって、不可解な男であった」

 だが審判は郭嘉どころではなかった。

「顔琉殿。郭嘉が言ったこと、本当でしょうか」

「さてのお。それより、今は逃げるのが先じゃ」

 先を急ぐ顔琉だったが、審判の足は止まった。

「辻褄は合うのです。父は鄴が落ちると、曹操に降るつもりであったなら、甄氏の呪詛などと馬鹿げた話の説明がつきます。あの男もまた、呪いなど信じていなかった。私と同じように。しかし私はあの時、まだ曹操と戦い、再起を図るつもりでした。そんな私が近くにいれば曹操に降る際、邪魔になる。だから体よく追い払われたのではないでしょうか」

 顔琉は考え込んだ。

「正直、儂もそう思うたよ。しかし、郭嘉の言うたことが真実とも限るまい。ましてや審配の心の奥底など知りようもない。今、そんなことを詮索しても無意味であろう。どうせ儂が何を言おうと、お前さんは自分のひねり出した答えに、自分で納得するより他はないのだからのお」

 顔琉の言うとおりだった。今まで審判は父を尊敬していた。が、その価値観は百八十度変った。もう、父を尊敬することも、憧れることもないであろう。父の卑小さを知ると同時に、自分の愚かさも思い知った。だが顔琉は言う。

「しかし、動機はどうあれ、お前の父は立派なこともやっておる。娘っ子をあのイカれた親父から引き離すきっかけを作った。お前と粛をそのために鄴から脱出させた。あのまま父と行動を共にしておれば、連座させられておったかもしれん」

「それは、結果論です」

「そう。結果だ。だが、ロクでもない結果を招きながら、筋を通しただの、義を貫いたなどとぬかすよりかはよっぽどマシだ。思惑は不純であったかもしれんが、お前や粛、そして娘っ子は多少、救われた。悪事も多かったにしろ、行い全てが悪という人間などおらぬ。儂はそう思う」

 審判は思わず涙を流した。審配ではなく、この顔琉が父であったら、どれほど良かったかと思った。

「ほれ、しゃんとせえ。暗殺は無様な失敗に終わったが、儂らは生きておる。生きて還って、娘っ子達を驚かせてやろうではないか」

 二人は白狼山を後にし、烏丸の隠し砦に進路を取った。

 砦を出たときは誰からの見送りもなかったが、二人が戻ったと知るや烏丸が、粛と額彦命が、そして甄梅が出迎え、審判に飛びついた。烏丸は二人がいなくなった理由を聞かされることはなかったが、甄梅達や、計画を知る一部の者の態度から曹操の暗殺に向かったのだと察し、生きて戻ることはないと覚悟していたのだ。だが、幸せにも二人は戻った。

 最初こそ二人の帰還を喜んだ彼らではあったが、また暗い顔になった。その理由はすぐに明らかとなった。蹋頓単于が城門を開き、降服勧告を受け入れ、蹋頓単于は首を撥ねられたという。審判と顔琉が砦を出て数日後のことだったという。曹操もその際、柳城に入っており、暗殺が成功する訳がなかったのだ。

「なんとのう。つまり、儂らが白狼山に入った頃にはすでに曹操は柳城におったのか。なんとも、間の抜けた話よ」

 呆れる顔琉を粛がフォローする。

「でもよ、考えようによっちゃ、そのお陰で二人とも、無事、戻って来れたんじゃないかなあ。正直、俺達ももう会えないと思ってたし、甄梅なんか、ずっと泣いてたんだぜ。二人とも、罪作りだぜ」

 顔琉が咳払いする脇で、審判は甄梅に向いて言った。

「言ったろ。必ず生きて戻るって。目的は果たせなかったけど、こうして生きている。甄梅の加護のお陰だ」

 甄梅は涙を拭いつつ、首を振り、笑った。

 そんな二人に水を差すように烏丸の者達が今後のことについて話し始めた。どのような処遇になるかは分からないが、やはり彼らも曹操に降服するという。それについては審判達も口を挟む筋合いはないが、信じられないことを彼らは告げた。なんと蹋頓単于が降服する直前に袁尚、袁熙が城から脱出。遼東の公孫康の元へ向かったというのだ。

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