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8 志

 棒打ちくらいは覚悟していた雷天だったが、掃除程度で許されたことに改めて審配の威光を知った。

「よお、何で俺が喧嘩を売ったって言わなかったんだよ」

 二人と隊員が教官の前に引っ立てられた時、何故、私闘に及んだのか聞かれた。雷天は横を向いて黙っていた。部隊の皆もおいそれと喋れはしない。が、審判は布を取り合っているうち、エキサイトして喧嘩に発展したというような説明をした。それを聞いた教官は、

「戦とは喧嘩ではない。私情を挟めば軍規の緩みに繋がる。よって、本来なら二人とも厳罰に処すところではあるが、敵本陣に奇襲をかけた審判の判断は見事であり、また、それを良く防ぎ、自軍の勝利に貢献した雷天も天晴れであった。その功も考慮し、今回は特別に大目に見ることとする」 

 何のことはない。教官もまた審判の逆恨みを買い、父親にあることないこと吹聴されるのを恐れ、審判を持ち上げつつ教官の職務を全うしただけだった。

「雷天の挑発に乗ったのは間違いない。俺も同じ罰を受けるのは当然だ」

 審判を親の七光りを振りまくだけの鼻持ちならない二世だと思っていた雷天は少し認識を改めた。

 二人は暫し、黙って作業を続ける。すると再び雷天が口を開いた。

「ところでよ、俺の左手を極めたのは、ありゃ何て技だ。教えろよ」 

「ああ、あれは護身用の体術のひとつだ。ちょっと稽古すれば誰でもできるよ」

「ふうん。お前が考えたのか?」

「まさか。父上の食客の一人に教えて貰ったんだ」

 食客とは有力者に衣食住を世話して貰う、まあ、居候のようなものである。とはいえ、誰彼の別なくなれるものでもない。学がある、腕が立つ、弁が立つ。何か一芸に秀で、有力者の助けとなったり、あるいは有力者の推薦を受け、宮仕えを志すくらいでなくてはならない。この食客の数や質が、抱える有力者の実力、眼力を測るバロメーターにもなる。審判の説明に雷天も合点がいった。

「なるほど、食客ね。へっ。親が偉いと色々便利だな」

 やはり雷天は生まれの違いからくるルサンチマンを禁じえないようだ。だが、審判はいともあっさりそれを肯定した。

「ああ、俺は皆より、十歩も二十歩も前に立てている。だから俺は後れを取る訳にはいかない。父上の顔を潰さないためにも、俺の面子のためにも」

 この言葉に、雷天は初めて審判の生き辛さに思い至った。雷天の挑発にも乗らざるを得ない、審判の選択肢の少なさを。

 今まで雷天は生まれ育ちが良い方が恵まれていると思っていたが、恵まれている者にもそれなりの苦悩があることを知った。文武で他者より優れるのは当たり前。それができなくばドラ息子、馬鹿息子のそしりを受けるし、また、周囲はそう思いたがる。本人がいくら努力をしてもそれは結局親の力とみなされて、やはり生まれ育ちには適わないなという負け惜しみに帰結する。二世は初代の地盤を維持しただけでは評価されない。更に巨大なものにし、かつ、子孫を繁栄させて、はじめてまあ、親の顔を潰さなかったなと、周囲の無責任な評価を得ることができる。それは本人が望む、望まざるに関わらずのしかかる。良い家柄に生まれた者はただ、その上であぐらをかき、一生努力も挫折も味わうこともなく、他人の悩み、苦しみも知らず、安穏と一生を終えてゆく雲上人のように思っていた雷天は目から鱗が落ちた思いだった。とはいえ、名門にはそんな輩もいないではない。だが、その殆どは偏見である。雷天もまた生まれ育ちで審判を差別していた。よく知りもしない審判を鼻持ちならぬと勝手に憎しみを抱き、いつか平民以下の自分が目に物見せて、人は皆平等なのだと思い知らせてやろうと情念を募らせていたのだが、浅はかな思い上がりだった。彼らは努力せざるを得ない境遇に置かれている。雷天は穴があったら入りたい気分だった。

「俺は、父上を越えたい」   

 審判の方から、初めて口を開いた。    

「でも、父上の智謀には多分、及ばないだろう。だから俺は武人を目指す。父上が戦術を練り、俺がそれを実行して、戦に勝利するんだ」

「なんだ。それじゃ俺と一緒じゃないか」

 雷天もまた、孤児に過ぎない自分が己が人生を切り開くためには武力を身につけ、軍人としてのし上がる以外ないと考えていた。

「雷天なら冀州で一、二を争う将になれるよ。俺はちょっと大変だろうけど」

「馬鹿。男ってのはな、やると決めたらとことんまでやるもんだ。やろうぜ、審判。俺とお前、二人して一軍の将になって、世間の奴らを見返してやろうじゃねえか」

 そこはやはり年端のいかない少年である。いがみ合う根拠も大したものでなければ、意気投合する理由もまた単純だった。二人はお互い切磋琢磨し成長し、いつしか鄴の青年兵達の間で龍虎と呼ばれるようになった。

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