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METARU Sorcery-帝国の基礎魔術-  作者: 高見 敬
第0章-プロローグ-
9/25

□暴漢退治

(にぇ……ぶぃふ……)


「ん?」

 どこかから声が聞こえる。 ポケットにハンカチをしまいながら耳を澄ませる。


(こまい……ー!)


 悲痛な……これは悲鳴? 嫌がってる声、女の子の。

「あぁ、もうっ、今日はなんて日だ」

 目の調子は絶不調に届きつつある。 しかし放置するのもダメだろ!

 トイレを飛び出して悲鳴の主を探す。近いけど遠い。

 

 女子トイレか!


 女子トイレの入った所には清掃中の黄色い衝立が立てられているのが見える。

 バッグは再び武器として使う為に肩にはかけない。


 男子トイレとは違い、通路からちょっと伺う程度では中の様子は判らない。 中を覗き込むと聞こえる悲痛な声と怒気をはらんだ声。

 だが、普通の人には見えないであろうものまで映っている。

 誠一の目には半透明で光る銀色のカーテンのような靄が、洗面台から個室の群れを遮りゆらゆらと間に立ち塞がっているように見えるのだ。


 眼科医が言っていた事をなんとか思い出す。

 何か変なのが飛んでいるのが飛蚊症。

 ピカピカ光るのは光視症。

 歪んで見えるのは変視症。

 視野の1部が観えないようなら視野欠損。

 ぼやけて見えないのが視力低下。

 そのどれもがを併発しているのではないだろうか?

 眼科医は手術はできないと言っていた。



 実は誠一を診察した眼科医は『自分の医院では手術はできない』という意味で伝えていた。進行した場合は手術の為に大学病院への紹介状を書く事をも説明していた。

 しかし誠一は診断後の説明中に出てきた『最悪の場合は失明の恐れがある』という単語にショックを受けて正しく聞けていなかっただけなのだ。その失明の恐れというのも『医師の指示を聞かずに勝手な事を続けていれば』という前置きが入る。

 現代医学において、医師の指示を受け適切な治療を受けていれば、それほど恐れるような症状や段階ではない。

 ただし、目の前で人が乱暴されており、見て見ぬフリのできない性格な彼とこの現状とは別の問題。


 何を言ってるのかは判らないが助けを求めている感はある!

 トイレの個室から明らかにオッサンのむき出しの薄汚い尻が出ている。

 両脇に抱えられた茶色いロングブーツがそこから覗くサイハイと共にじたばたと暴れる!


 猶予はない!


 それだけ思って踏み込む。

 足を出した瞬間から銀のカーテンが誠一を迎えるように動き、なんの抵抗もなく通り過ぎ消える。

「それ以上は成人指定だ、ごるぁぁぁぁ!!」

 カバンが何かに引っかかった抵抗感があるが、気合いの叫びと共に強引に振りぬいて思いっきり叩きつける!

 すぐに姿勢を正し、男がこちらを見ると同時に右正拳を顔面に叩きこむ!

 個室に視線を走らせると別の男が驚いた顔で、少女を羽交に捕えている。

 状況を把握される前に左のフック気味のパンチで鼻を叩き砕く!

 勢い余って不埒者の体と誠一の身体で女の子をサンドイッチにする形に倒れ込んでしまうが、この際そんな事を気にしている余裕はない!

 そのまま視界にあった紙袋を後ろ手に確認もせず投げる。

 男は飛来するそれを払い除けるが、その隙に体勢を立て直し振り返っていた誠一は、男のむきだしの不浄ななめこをちぎれてしまえとばかりに蹴り飛ばす!


 本当ならここの段階で女の子の手を引くなり抱き上げるなりして逃げ出したかった。

 だが、制服も肌着もずたずたに切り裂かれ、その双丘もむき出しの上半身。辛うじて原型を留めているに過ぎないスカート、少し前までは最終防衛線を維持していたであろう白い布きれは床に屍を晒している。

 こんな状態の女の子を連れて逃げ、衆目に晒す訳にはいかない。

 少なくともそう判断する余裕がある程度の敵戦力だった。


 少女の手を取って羽交い絞め男から引きはがすと、無防備な腹に一発。そして貯水槽の蓋を手に取るとおおよそ頭部めがけて蓋をぶち当てた。陶器製の蓋が砕け散る。

 羽交い絞め男はこれで沈黙、あとは股間を押さえもがくなめこ男。

 サッカーボールの要領で頭を蹴り、起き上がった髪を捕まえ顔面に膝を叩き込む。

 逃げ場のない頭は壁と膝とで挟まれ力なく落ちて行った。


 やり過ぎてしまったかもしれないが、手加減するつもりもなかったし、下手に手加減して思いもよらない逆転なんて事になっては堪らない。

 もしそこに居たのが誠一でなく、普通の一般的な武道の有段者クラスが通りかかったのならもっとスマートに事態を解決できたのかもしれない。

 さっと転ばしすっと手を捻り、まだやるか?の一言で悪漢の抵抗心を挫いたかもしれない。

 だが誠一自身がそこまでの達人ではないと考えているだけに、その選択肢は最初からなかった。

「ふぅ……」

 息を吐くと共に手を払って女の子に意識を向ける。

 赤いリボンが金と呼ぶにはやや薄い自然なロングの髪を上の方と毛先近くの2点で留められている。日本人の「染めた金髪」ではこの自然さは得られない。

 その目は大きく見開かれ、嵐の翌朝を思わせる蒼い瞳が一点を貫いている。

 桜色の下唇は口の中に引きこまれ歯に押さえ込まれて、小さな手は固まり小刻みに震えている。

 卑劣漢に暴行されたときに付いたのだろうか、右足と左肘には切り傷ができて血が出ているが出血と呼ぶには些細な物。押さえていれば5分もせずに血は止まるだろう。

 誠一はまず自分の着ていたコートを脱いで羽織らせる。しかし卑劣漢をにらみつけたまま動かない少女。やむなく一度コートを下してから手をとって袖を通らせ、着せ直してから前を閉める。袖が長すぎるので何度か折る。

 少し考える。どうするべきか。

 周囲を見渡し、外開きの扉から目的の神器を見つける。デッキブラシだ。

 それを持って少女の傍に戻り、堅く閉じられた手をこじ開けて握らせる。その段になってようやく少女の瞳が誠一に向く。

 誠一は黙って頷く。

 少女はゆっくりと虫の息に見えるなめこ男に向かって近づき、手にしたデッキブラシを振り下ろした。何度も何度も。

 無言で振り下ろしていた少女もやがて息を荒げはじめ、声を出し、怒りにまかせるようになり、その怒りが収まる頃にはデッキブラシだった物は折れた木の棒と化していた。


「もう、気はすんだ?」

 少女はホントに小さな声で「ハイ」と返してきた。

「そっか、とりあえず大丈夫だね」

 今まで物を粗雑に扱った事のない小さく柔らかな手は、自らが与えた打撃の反動で血が滲んでいた。

 滲みるかもしれないが洗面台にエスコートし、手を洗うのを手伝う。

 今日は乱雑に扱われる事の多いバッグから清潔なハンカチを2枚取り出して、少女の両手を包む包帯代わりにする。

 次いでティッシュで右足と左肘の傷口を押さえながらテーピングに使うテープで固定。

「とりあえず今はこれでよし。後でちゃんとした治療受けてね?」

 少女がゆっくり頷くのを見てから辺りを見渡して再確認する。

「これは……とりあえず、警察……だよなぁ。嫌いだけど」

 スマホを取り出そうとしてポケットをまさぐるが、見当たらない。そして思い出す。コートの胸ポケットだ。

「ちょっとごめんね」

 断りは入れるが了承を待たずに胸を開けてすかさずスマホを取り出して再び閉じる。

「あれ? 圏外? 壊れたか?」

 全くどの電波も受信していない、完全な圏外。ついさっきそこで妹と電話していたのだから、ここまで完全に何の電波も届いていないなんてありえない。

「仕方ない、連れて行くか。けどこのままでもマズイかな」


 とりあえず犯人をその衣類であるズボンやベルトで縛り上げて扉の枠に釣りさげてから、少女が押さえこまれていた個室を確認する。

 破れた紙袋に様々なファンシーグッズ、様々なイラストの入ったカードが散らばっている。

 誠一が知るカードゲームの物よりかは幾ばくか分厚くそして大きくて、写真かと思えるような精緻なイラストが立体に見えるよう細工されている。


「なんだか知らないけど高そうだな。あ、あれかな? オタ組が言ってた勝っても負けても罰ゲームっていうゲーム」


 ファンシーグッズは紙袋を諦めるが、そのグッズの中に布製のトートを見つけ、包装を解いてそこに詰める。

 カードは元々そこに入れていたであろうポーチを発見し、カードの表面に付いた血や汚れを丁寧に拭ってポーチにしまっていく。

 横手にあるフックにはやや重い鞄。恐らく少女の勉強道具一式が入っているのだろう。


「今から警察に行って保護してもらおう。あいつ等もちゃんと捕まえさせる」

「ゴメンナサイ」

「君が謝る事じゃないよ。気にしないで」

 誠一は少女の肩を抱くようにして女子トイレを出る。

「あれ?」


 トイレを出たすぐ正面には金属製の格子があり、すぐ左手をT字路を構成するように遮り通路を構成している。格子を背にするようにベンチがありその正面に飲み物の自動販売機。そしてその先に改札と駅員の詰め所が見える。


「え~と……」


 とにかく改札に向かい駅員の詰め所で保護と警察への通報を依頼、少女を女性駅員に任せて駅員数名と先ほどのトイレに戻り、不埒者達の確保を行う。

 拘束をやり直しながら質問してくる駅員達におざなりに答えながらも誠一は不安に包まれる。事件性とか警官への対処なんてものはどうでもいい。

 漠然と感じる違和感、それが何かという具体的な答えが判らない。

 少しして黒い制服が詰め所に現れると駅員と一言二言、指さす駅員に促されて誠一の方へ。


「どうも、難波(なにわ)署の者です。詳しい説明を頂きたいのですが、宜しいですか?」

「え? ポr……」

 警官は手帳を開き氏名を提示してきている。

「ポ?」

「あ、いや、えーと、お巡りさん?……ですか?」


 上下が黒で統一された制服、伸びた顎紐が制帽を頭に固定し、そして腰にはすらりと長い軍刀が履かれている。

 そう、警官の制服は誠一が見知った警察官の制服ではない。旧式の制服とその更にずっと昔の型とを合わせ混ぜたような。

 何かの冗談かと思っても、周囲の駅員たちはごく当たり前に振舞っている。


「どうぞ楽にしてください。まずお名前を伺いたいのですが」

「湯木清次です。湯船の湯、草木の木、清いにニスイに欠けるです」

 偽名を名乗り、適当でいい加減な住所を述べてから状況を順に話していく。

 トイレに居たら声が聞こえた事、女性側でトラブルが起こっている事が判った事。飛び込んで不意打ちで襲い掛かり、少女を救出した事。その流れでトイレの一部を壊してしまった事。

 少女に殴らせたことは伏せておく。

「では、君は彼女とは全くの初対面という事で間違いないのですね」

「はい。全く偶然通りがかっただけです」

「今から署に彼女の親御さんが来られるのだけれど、もしよかったら一緒に来て頂けますか?」

「いえ、もう帰らないと。家族が心配するので」

 警官は「そうですね」と微笑むと手帳を閉じる。

「彼はここで帰るそうです」

 その捕えた男たちの側に居た警官は了解したと判るよう手を上げる。

「ご協力、ありがとうございました。事件の進展次第でもう何度かご手数をおかけすることになると思いますが、その時はまた協力して頂けると幸いです」

 向き直った警官は敬礼し、誠一も釣られて敬礼を返して席を立ち、荷物をまとめて詰め所の扉をくぐった所で「アノ」という声と共に裾を引っ張られて振り返った。

「ん?」


「Филиппы Репиной Созонвнаでス」

「ふぃりぴーな?」

「私の名前、フィリッパ・レーピナ・ソゾーノフナでス。Огромное спасибо……ありがとござまス」

 急に腕を引かれると共に頬に柔らかい感触。

「ご丁寧にどうも、これはお礼の貰い過ぎだね」

 頭に触れるか触れないかくらいに撫でると少女の耳がが朱に染まる。

「それじゃ!」

「Нет まてくさイ! Репатриация обязанностьあル!」

「れいぱてぃや?」

「えーと、えーと……あなた、私、かえす、元通り」

「あぁ、いいよ、要らない。捨てちゃっても構わないよ」

 きっとコートの事だろうと判断する。アレは確かに安い代物ではないが、土産物屋価格で高かっただけであまり質の良い物でもないし、いつものが汚れて洗濯中でなければ袖を通さなかったであろう程度の物だ。

 腕を回し掴まれている腕を解くと軽いバックステップで距離を取る。

「あ、あの、お名前」

「通りすがりの仮面結社だ。覚えておけ!」

 人差し指と中指を立てて自分の額の前から少女の目の間を指すよう振り下ろす。


 フィリパの両肩を押さえる女性警官が堪らず噴き出しているのを見て、顔が赤くなる前に踵を返す。

「仮面結社は改造結社である。彼らに会社更生法を適用したコッカーは世界征服を企まない悪の秘密ジャップである。仮面結社は社員の減俸とサビ残のためにコッカーと戦うのだ!」

 背中越しに自分でナレーションを入れながら手を振って立ち去った。


 そして。


「し、しくった、ハ、ハズい……」

 キメたつもりが噴き出され、照れ隠しで行く方向を考えず移動したせいで階段を登ってしまった。

(スマホが故障しているなら切符を買わなきゃだけど……そこでさっきの子や警官と鉢合わせとかちょっと勘弁)

 恥ずかしさが限界で、姿が見えなくなったであろう所から意味なく全力疾走していた。

 少し走ってから柱にもたれかかりポケットに手を突っ込むと中で紙が、街金さんに貰った紙幣がくしゃりと音を立てた。

「タ、タクシーで帰るか」

> 通りすがりの仮面結社だ。


> 仮面結社は改造結社である。


これは新都社に掲載中、原作:くさすず先生の『シルクハットと四角い彼』のコメント欄において、私が書いたコメントが元になっています。

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