□フィパチカ1
「そしてセルビア政府はオーストリア=ハンガリー帝国の非難を受け、最後通牒の要求の内、主権侵害と考えられる要求は留保とし、それ以外を受け入れたのですが……」
壇上の先生の言葉を遮るように教室に鐘が鳴り響きます。
「長くなるので次回はもう一度ここから続けます。皆さんはオーストリア最後通牒の全文と欧州大戦についてを予習しておいてください。では委員長」
先生に促されてクラス委員が号令をかけて、揃って全員が起立と礼を行って今日の授業はオシマイ。
「ふぁー、やっと終わったぁ~。フィパチカ~もふらせてぇ~~」
「もぅヨーコってば、もふるのは私がヨーコをだヨっ。うりうりっ」
「あっ、ちょっ、あふんっ」
友達のヨーコが後ろの席から抱きついてくるのを避け、逆に頭を抱えて耳の後ろをコチョコチョとくすぐっちゃうとヨーコはおとなしくなっちゃうのだ。
「そだ、ねぇねぇヨーコ、お父さんの誕生日プレゼント、一緒に選んでもらっていかナ?!」
「うーん今日はあんま時間無いんだけどなぁ。どこで買うん?」
「オウドックに行こうカなっテ」
「オードック? それなら今日は大ババ様の所に行くから、選ぶのは一緒できないなぁ。けど途中まで行くくらいだったら大丈夫だよー」
「大ババ様……あのお婆ちゃんの所ネ。じゃシマミヤまでかナ?」
「あー、うん、新今宮までねー」
私はフィリッパ・レーピナ・ソゾーノフナ、ロシア人14歳っ!
故郷の友達からはピッパと呼ばれているのだけれど、日本の友達はフィパチカって呼んでくれますっ。日本の友達たちが頑張って考えてくれた物なのですっ
Hepaticaって呼ばれてるみたいでちょっと嬉しいですっ!
ロシアの友達には絶対にナイショですけど……ね。
この呼び方、最近はお父さんとお母さんも真似してきます。
でも、お父さんだとHepaticaに聞こえなくて、お母さんだとHepaticaにしか聞こえないのでちょっぴり複雑です。
お父さんは駐日ロシア大使館で働いてます。 働いていると言っても、何をやっているのか、どの位偉いのかなんてわかりませんっ。
ニホンゴは随分慣れたけど、まだ時々間違います。間違えます? ま、いっか!
ヒラガナとかたかなは書けるようになりました!
漢字はムズカシーです。
小橋町とか立売堀とか新喜多とか我孫子とかまだ読み間違えます。
この間も大黒町をおおくろまちと読んで『ソウジャナイヨー!』とからかわれましたっ。
漢字はムズカシーけど、冬はホリゴタがあったかで春はヨモギモチにカシワモチで夏は屋台がおいしくて、秋は柿栗ミカンが美味しくて、そうそうロリコンの作ったお料理も大好きです!
「……でね、お池の底に食べ残しがあるのデすよぉ」
「たくさんあげ過ぎてんじゃないのぉ? 親父さんとお袋さんとお姉さんとフィパチカの四人でそれぞれ三食分あげてるとかさぁ~」
学校近く駅から街の方へ向かって走る列車は、混雑はしていないけれど座席は埋まっているくらい。
私たち以外にも何人か扉にもたれかかって端末を触って何かを読んだり聞いたりしている人がいます。
「お姉ちゃんは~、帰りが遅いのでエサ当番から外れたのですヨ」
「そっか、心配なら小池先生に見てもらうよう連絡入れとくよ」
「コイがコイビトコイケさんネ」
「淡水魚にも強い獣医さんなだけなんやけどなぁ」
私が今住んでいるのは純ワフーのおうちで、元々ヨーコの曾お祖父様の弟のブンケさんが住んでた所。ケド、住む人が居なくなっちゃって空き家になっていたのを、ヨーコのお父さんが管理を任されてたお家なのです。
私のおばあ様の家よりかは狭いけれど、庭の池で鯉を飼っていても熊も虎も狼も来ない安全で素敵なお家なのです。
<<……環状線はお乗換えください次は~>>
「あ、もうかー」
「お話してると早いネ~」
「って、フィパチカっ! なんで降りてんの?!」
「ふっふっふ~、いつまでも不慣れなフィリパさんじゃありませんことヨ。ちゃんと調べたのデす。
シマミヤからカンジョウセンのナンバなのでス」
「そうだけど~、フィパチカだときっと間違えるからオススメできないんだってば」
「大丈夫ネ。一人だとウチマワリ・ソトマワリ間違えてテノンジでて大坂行っちゃったけど、ここはホレ、ヨーコが居る。ヨーコが乗らない方の乗り場が正解!」
「あ、だめだ、コレ。絶対に間違えて芦原とか弁天行くヤツだ。てかもう前にやらかしたのか。仕方ない」
「ンー??」
「ちゃんと合ってるのに乗るまで一緒に居たげるよ」
「ホント!? やったぁ!」
ヨーコは改札を出てまたすぐそこにある改札を通って手招きしてきます。
私もすぐ追いかけます。ここで走ると改札に止められちゃうのです。知ってます? ゆっくりとそーっとね。
ヨーコと一緒に階段を降りると、そこに列車が入って来ましたが、私の手を掴んで「アレじゃないよ?」と言います。
「んモウっ! さすがにちゃんとヨーコに確認してから乗るヨ!」
「でもフィパチカの事だからなぁ~」
「信用ないナー」
「日頃の積み重ねってもんです」
なぜかロシアでの友達もみんなそう言うのです。でも私だってちゃんと考える時もあるのですよ。
少しすると次の列車が入ってきます。
「ほら、これだよ。途中で降りちゃダメだからね? 終点で全員降りるの見て降りるんだよ?」
「了解なのでス!」
「帰りは大丈夫? 一人でいけるー?」
「帰りはカンタン。歩いてナンカ行ってだいたい左のほうのに乗るっ! 腐海についたらマチガイ! 覚えたよっ♪」
「な、なんだかとんでもない所に迷い込むまで気付かなさそうで怖いなぁー」
「もー、ヨーコは心配性なんだからっ! 迷ったらタクシー拾う、運転手さんに登録証の住所見せる、お家に連れてってくれる、ロシアより安全、ダイジョブダイジョブー!」
二回目のダイジョブの途中で扉が閉まり、列車はゆっくりと滑り出すように動きだすのです。




