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METARU Sorcery-帝国の基礎魔術-  作者: 高見 敬
第0章-プロローグ-
5/25

□ヨシノ・ストライク

 どの位そうしたのかは定かではないが、2人が身を離したのは誰かが自販機で飲み物を買う「ガコン」という音を聞いてからだった。

 少しペリッとした感触。


「あ、あはは……」

「ふふふ」


 誠一のスマホがメッセージの到着を告げる短い電子音を鳴らす。

 名残惜しげに指が胸を撫でる。


「あっ……」

「しょうがないよ」

 シャツの右胸に赤い血の染み。

「まだ押さえてなきゃね」

「す、す、すみません、汚してしまって」

「血が付くくらいよくある事だし気にしなくていいよ。それより、さっきみたいに押さえてどこか手洗いに行った方が良い」

「ついてます?」

「きっちりと」

「じゃ、私、習い事があるので駅のお手洗いで洗ってから行きます」

「あそこって鏡あったっけ?」

「鏡くらい持ってますよ。女の子ですから」


 ぺこりと頭を下げて速足で駅に戻るのを見届けるとどっと疲れが出た。


「けど……なんだか悪くないな」

 先ほどまで小田ちゃんが座っていたベンチに腰を掛ける。

 ほぼ無意識に手に触れたお茶のペットボトルを手に取って口に運びかけてから固まる。

「間接キスとか気にしそうな子だもんな」

 知らなきゃどうって事のない話のような気もするがそれを配慮する誠一。

 水道の所に行ってお茶を捨ててから自販機に戻り、ゴミ箱に入れてから財布を探したところでスマホが鳴っていた事を思い出した。


『横道:誰かHELP~。ミナミに出てきて財布落した~。定期の区間に入る分だけでも金貸して~』

『上條:すまない、もう家に着いている。今からは出る事が出来ない』

『大洋:俺も家だ』

『下沼:残念、プライベートジェットでグアム上空だわ。いやー残念。ホント残念だわー』

『横道:下沼ぁ、てめぇチョット前までエミちゃんと一緒だったの見てたっからな!』

『下沼:アラ観テタノネ。でも急行でどんどん離れてる所だから無~理~♪』

 しようがない奴等だ。

『結城:今は家から最寄りの駅前だ。近鉄で到着するからその辺に居ろ』

『横道:うぉぉぉ、神様仏様結城様っ、感謝感激雨あられっ後ろの処女あげちゃう!』

『結城:んなもんいらねぇぇぇぇ』


 スマホをしまうと公園を出る。進行方向の信号が点滅しているがそのまま道に飛び出す。

 もしかしたらまだ小田ちゃんがホームにいる頃かもしれない。同じ列車になったら驚くかもな。


 その時、誠一の横顔をまばゆい光が照らした。

 世界を切り裂くような強烈な白色の単光。


 バイク!


 驚きに足を止めるな!走り続けろ!

 踏み出す足に力を込める! 時間の流れが遅く感じ、空気が重く絡まる!

 自分の一歩が物凄く遅い! 


 外れかけた光軸が再び誠一を捕える!

 バカやろう、こっち側にきやがった!!


 だ・め・だ!!

 ぶつかる!!

 

 誠一の視界と意識が真っ白に染まる。





 パンパカパーン、あなたは死んじゃいましたー! いやー、残念でしたねー。

 陽気な女神の声で意識が戻る…………なんてことも無い。


 もうだめだと思う最後の力を振り絞って歩道側にダイビングした誠一を、更に追うようにしてツッコんできたその大型バイクの車体。

 ガンメタルブラックを鏡面加工したようなその車体は、横断歩道から歩道の中にまで凄まじい痕を残し、2回転して膝をつく姿勢となった誠一の背に回ったバッグまであと1センチもないという所で停車していた。

 あまり聞き慣れないエンジン音がすぐ背後で聞こえる。

 誠一にとっては自分の心臓の音の方が煩いくらいの清音だ。

「し、死ぬかと思った……」

「え、えーと…………えいっ!」


 タイヤがバッグにシュッと触る。

 咄嗟に飛びのいていなければ背中を押されて地面とキスをしていただろう。


「何のつもりだよ!」

「あぁっ、すいません、私ったらついうっかりー」

「今あんた、しっかり『えいっ!』て言ったよね! うっかりじゃ無いよね! 聞こえたよぉ?!

 か・く・じ・つに!

 触ってないの確認してからひと押ししたよね!」

「や、やだなぁ、そんな訳ある訳ない訳ある訳ないじゃないないですか」

「あるのかないのかどっちだよ! なんかお笑いコンビのツッコミになった気分だよ! 今!」

 慌てて降りてきたのは胸を強調するような黒のライダースーツに身を包んだ長身の女性。

 両耳の辺りに手を当てるとプシューという排気音と共に中央から後部が開き、太ももまで届こうかと言う程に長い黒髪がきらりと落ちる。

「なにその特撮メット……」

 顔には左頬に大きな切り傷の跡が目立つが肌にはハリがある。恐らくまだ30には届いていない。そしてフラットな板を曲げただけのようなサングラス。薄桃色のリップが歳に合わない印象を受ける。

「暗くなってんのに、んなサングラスなんかしてっから事故んだよ! っていうか事故じゃなかった。故意の危険運転だった!」

「あ、いえ……これは事情があって外せないので」

「何? 目からビームでも出んの? どっかのミュータントなの!?」

 実際にはドライアイか何かの保湿的な物だろうか。

 水中メガネのように上下完全密封状態になっているようだ。

「調子狂うなぁ……まあいいや、別にたいしてキツく当たった訳じゃないし、気を付けてよ。ホント」

「当たった? いけません、ちゃんと警察に連絡して事故報告を」

「時間取られるから良いって」

「そんな訳には参りません、当たったのならキチンと事故処理して病院に行って診断書を書いてもらって……」

「真面目か! あ……行っちゃった」

 乗ろうと思っていた車両が重々しいモーター音を駆動させて出発する。たぶんアレだろうなと思われる小田ちゃんらしき姿がドア脇に見えた気がする。小田ちゃんの事だ、こちらの姿を探していたのかもしれない。

「申し訳ありません、乗り遅れさせちゃいました? なら送って行きますよ」

「いいよ、別に。すぐ次の電車が来るし」

「あー、じゃぁちゃっちゃと事故処理始めましょう、今すぐ警察呼びますね」

「いいって言ってるでしょ。そんな時間取られたくないの。友達が待ってるんだよ。警察も嫌いなの」

「友達を待たせちゃいけませんね、乗ってください。送って行きます」

「次の電車で行くってば」

「なら事故処理をするので警察が来るまで待っててください。たぶん40分ほど掛かりますけど」

「あーもう、じゃあ当たってな……」


 当たってないと言えばもう一度当てに来る。そんな予感がした。


「お姉さん……何考えてるの?」

「ヨシノです」

「お姉さ「ヨシノです」ん」

 ……このっ

「おばさん!」

「ぇぇぇぇ……ヨシノですぅ」

「判った、泣くなよ。みっともない。で、そのヨシノさん、あなたは一体何を考えてらっしゃるんですか?」

「事故の示談条件に、あなたを送り届けようと」

「それはもういいから、この場で即サヨウナラしたいのが俺のえーと、被害者の意向なんですけど?」

「ならキッチリと警察の実況見分して現場で示談が成立しましたという書類にサインをして頂いてですね」

「無限ループって知ってる?」

「今みたいな状態ですよね?」

 意地でも乗せたいってのか。と、そこに。


「どうしました? 何かありましたか?」


 駅前交番の警官達だ。

 そりゃ凄いスリップ音がしたし、その現場らしきところで大声で言い争っている人が居れば職務質問も行うだろう。

 事故処理に時間取られるのは嫌だ。警察嫌いだし。

「あ、実はですね「あーあーあー、なんもありません、何もありませんとも。ちょっと叔母とじゃれ合ってただけで」

「……おば……」

「すごい音がしたので事故でもあったんじゃないかと」

「事故? ソンナ事アリマセンデシタヨー。ねーヨシノさん」

「ええ、そうそう。何もありませんよ、私は甥っ子を駅まで迎えに来ただけです」

「そ、そうですか。何も無ければ問題ないですけど、通りであまり騒がないでくださいね」

「……ん?」

 もう一人の警官が地面に付いたブレーキ痕に気が付いたようだ。

 面倒な事になる……か?

「さ、もう行くわよ。乗って!」

「ハーイ、優しいお……ヨシノさんだーいすきっ」

 某小学生名探偵の白々しい演技の時を真似るようにして後ろに跨ると、例の特撮メットのスペアを何故かお手玉してから渡される。

 被り方に戸惑っていると、髪を纏め上げたヨシノさんが真似しなさいとばかりにこちらを伺っている。

 メットはヨシノさんは顔を前面に押し付けると、後方が特撮やアニメでありがちな音を立てて自動的に閉じられる。

 見ると口元は薬剤散布用の防塵マスクのような構造になっており、そこに口を当てればいいのが判る。

 顔を押し込むとまず首筋が閉じられ、髪を挟まないよう何かのパーツが上に上がっていくのに合わせて閉じられていくのが感じられる。

 見てる限りでは一瞬で閉じられていたのに……

『どう? 問題ない?』

「このハイテクメット、無線機能付きなんです?!」

『便利でしょ』

 視界の端には何かよく判らない数字やメモリが表示されており、見たいと思って視線を向けた時だけズームアップされる。

 時計と速度計なんだろうなという場所だけなんとなく推測がつく。

「あ、ちょっと君たち……」

 警官がブレーキ痕について尋ねようとしてきたので飛び乗ってヨシノさんの腰に抱きつく。

 ヨシノさんはヨシノさんで意を得たりとばかりにスムーズに発車する。


「あのー、希望としては大阪難波の駅にお願いしたいのですが……」

『大丈夫、問題ないわ』

 車と車の間を縫うように走り続ける。不思議と信号は丁度いいタイミングで青が続いている。

 素直に連れて行ってくれるのだろうか?とんでもない所に誘拐されたりとか……そんな価値俺にはないか。

『誠一君、もう少し上を持って』

「上?」

『そうね、下乳の感触を楽しんでも良いわよ。それくらい上に』

 言われるままに手をずらす。当然その分だけ前傾姿勢になる。そして凄いスピードで有無を言わさずETCを通過。そして高速道路に入ると、周囲の車が止まっていた。いや、後方にすっ飛んで行く。そう見えるほどヨシノさんがスピードを出しているのだ。

 カンカンとギアを変える感触が車体を通じて伝わる。そして何か別の小さなモーターが作動する感触。

『ちょっとだけ本気を出すわよ』

 本気?! 今でもかなりのスピードだというのに本気ではないと?!


 手元で何かした途端、画面の表示が切り替わる。

 最初に速度計だと思ってしまった部分など外に円がいくつも足され、そのデジタル数字部分は12桁を表示できるように変更された。

 正面にも角度が刻まれた円と小さな十字が足され、Wの文字に似た何かが中央の十字付近をフラフラしている。

 24時間表示だった時計は折りたたまれ、逆にSTN ABS REL GRN JPN GAX VID DST D:C等の謎の符号付き数字列が表示される。

 JPNはたぶん日本時間だ。たぶん他は知らない国の時間だろう。


 車体が変形しているのが判る。ヨシノさんはそれに合わせてグッと前傾姿勢になる。引きずられるように誠一も前のめりになる。

 あー、これヨシノさんって絶対平野の関係者だ。あの軽トラと同じ面白ギミッk……


 凄いを通り越したありえない速度に跳ね上がる。なのに加速のグンという圧力が感じられない。

 景色が徐々に魚眼レンズで覗いているかのように湾曲する錯覚に陥る。

「あ、これスピードの向こ……」

『スピードの……良い表現です!!』

 何かヨシノさんの琴線的なスイッチを入れてしまったようで、更に何かのスイッチを入れた。

 画面端の[B]の表示が[C]に切り替わる。

 周囲に赤い線がいくつも見えるのはテールランプだったもののはず。

 青い光がバイクの先端から飛び出て車体を包んでいるように見える。

 一般道を走っている時の車の間を縫う感覚などない。

 直進できる場所をねじ込み一本の光の矢となる。


 そして減速。

 いつの間にか消えていた飛行機のジェットエンジンにも似たバイクの駆動音が戻ってくる。

 変形していたバイクはいつの間にか元の形に戻っている。

 わりと普通のスピードに戻ったところはもう目的地周辺で、一呼吸する間もなく止まったのは地下駅入り口の前だった。

「……」

『早かったでしょ?』

「俺、今、何か超常現象に巻き込まれてませんでした?」

 呆然とする誠一をよそに両手を伸ばしてきた。

 避けようとしたが避けられず、そしてそれはメットを外す為だったと気付かされる。

「ただの凄いスピード体験です」

「ヨシノさん……あなた一体……」

「また……ね。また会いましょう。約束ですよ?」

「えっ……はい」

 誠一が呆然として気付かない間にバイクから降ろされていたらしく、ヨシノさんは手を振りながら道に出ると、まるで線を引きのばしたような加速で走り去ってしまった。

 今の台詞のアクセント……どこかで聞いた覚えがある。そんな気はするのだけれど、思い出せなかった。



 一瞬惚けかけた所で「そうだ、到着の連絡を……」と、スマホを取り出す。

「……あ、横道か。なんだか予想より早くついた。今どこいら?」

『は? ……南海の駅ビルの中だけど、随分早いな』

「あぁ、うん。なんか凄いバイクで送ってもらった」

『バイクで? そんな知り合い居たのか』

「いや全然初対面。その人と話してたせいで電車に乗り遅れたって言ったら送ってくれたんだ」

『そうか、んじゃ急いでそっち行くわ。話は後で』

「西改札辺りな」

『ぶー、らじゃーっ』

 のんびり徒歩から速足に移行したような息遣いと共に電話が切れる。

 まあそんなに急ぐ必要もないだろう。

 現在位置から地下街に入ると横道が来る方向に向かって二本の通路がある。

 うっかり合流を急いで「北通路と南通路で入れ違った」りしては無駄足過ぎる。

 最終的な合流地点の広場に降りて横道を待つことにする。


 人通りはわりと多い。

 しかし、ここはまだ少ない方だ。

 横道の来る方に移動してしまったら、2mも離れたらはぐれるほどの人でごった返すのが日常の混み具合になる。


「おう、結城の坊主やないか!」

 と声をかけられる。親父と時々やり取りをしているやm……街金の人だ。

「あ、どうも、いつも親父がお世話になっております」

「まあ世の中不景気やからのぅ。無理せんとコツコツやってくのが一番や」

 がっぽり稼いでそうなあんたが言うかとは思うが口には出さない。

「今日はどないしたんや? 息子も出て来るなんぞ珍しい」

「あはは、今日は商売敵ですよ」

「ぁ?」

「ツレが財布落したってんで、帰りの電車賃を500円ほど。返済時には1000円にして返してもらいます」

「ワハハハ、そりゃアコギやのう。どや? 回収が難航したらノウハウ教えたろかぁ」

「そんな本業のやり方で追い詰める気はありませんよ」

「せや。それでええ。前にも言ったが金の貸し借りは友情破綻の始まりや。返せ返せんになったら竹馬の共も袂を分かつ。友達に貸す時はくれてやるくらいのつもりで、帰ってきたらめっけもんくらいのつもりで貸すのがええ」

「ところで、今日は父も来ていたんですか?」

「おう……――せやな」

「何か?」

「お前んとこな……大丈夫なんか?」

「大丈夫とは?」

「いやな、いつもなら利息だけ払うてジャンプする社長がの……」

「追加で借りに来たとか?」

 最近知った話だが、この人は違h――高額な利息を取る事で有名な人だ。

 この人から借りれば借りるほど資金繰りは苦しくなる。

 しかし借りなければならない程切羽詰まっているともいえる。

「逆や。一括で返済して行きよった……」

「それなら問題ないのでは? 大きな収入でもあったんでしょう」

「おう、稼ぎが軌道に乗ってワシらが必要のうなったんやったらかまへん。しかしちぃと気になっての、後で宅尋ねてみようかと思うとった」

「あ、それでここに?」

「いやそれは別。探しとる不良債権者をこの辺りでウロウロしとるの見かけた奴がおっての。ちぃとしっかり教育してやらんといかんでのぅ」

「そでしたか」

「それはそれとしてお前んとこの社長、別れ際に『今までありがとうございました』なんて言いよった……」

「……?」

「普通は『また何ぞの時にはよろしゅう』なんや」

「そうなんですか」

「ピンと来んか。なら今日はコッチでゆっくりして行った方がええかもしれへんで」

「そんなに小遣いに余裕は……」

 と、そこに少し離れた所から呼び声がかかる。

「おーい、結城ー!」

「おっ横道!早かったな」

「噂のツレか。ツレは大事に……お! 馬面(まずら)ぁぁぁそこ動くんじゃねぇぞ!!」


 横道の声に一緒に振り返った街金の人は、横道と自分達の間に居る不良債権者を目撃したのだ!


「げぇぇぇっ、なんでこんな所に!」

「なんでもへったくれもあるかい!」

 慌てて踵を返す債権者!

「横道!! そいつブロック!!」

「へ?!」

 事情は分からないモノの、ブロックと言われて咄嗟に両手を広げる。

 今でこそただの不良生徒だが、1年の時に教師が体罰問題起こしてバスケ部が廃部になってからやさぐれただけだ。上手く相手の動きを見極めて足止めをしている。

「ちぃぃ、このボケガキがぁぁぁ!」

 馬面と呼ばれた男はジャケットの内側から自分の腰側に手を伸ばす。誠一は嫌な予感がしてカバンを馬面の後頭部に投げつける!

「ボケはてめぇじゃ、あほんだらぁ!!」

 狙いたがわず目的の場所に命中させると、体勢が崩れた所に街金さんの足が命中!

 横道は「うわっ」という声を上げて横に避け、馬面はコインロッカーコーナーに吹き飛ばされる。

 街金さんは足を止めるが、誠一は掌で馬面の後頭部を捕まえると壁面の磨かれた石材にそいつの顔面を叩きつける。

「うがっ」と声が漏れるのを気にせず2度3度と打ち付け、肩を掴んで正面を向かせてジャケットをずらし、脱ぎかけ状態にする。

 その瞬間馬面の腹に膝を叩きこみ、続けて背に肘を打ち込む。

 右手の関節を極めながらうつぶせに抑え込むと同時に、腰に挟んであった凶器を奪って街金さんの方へ滑らせる。

「おう……馬面のドアホウ、どこでこんなもんを……」

 その凶器、ロシア製のMP-443と呼ばれる拳銃だ。  

「すみません、他にも持ってないかボディーチェックを」

「他には……なんも無いみたいやな」

 街金さんは馬面のズボンから抜いた財布から万札を4枚取り出すと横道に渡した。

「これ、兄ちゃんと結城のボンにお駄賃や。とっとき」

 財布を自分の懐に入れると、拘束を誠一から受け継いだ。

「随分ナメた真似し腐ってからに、覚悟は出来とるんやろなぁ」

「あだだだ……、堪忍、堪忍してぇな……」

 街金さんは何事かと遠巻きにしている野次馬の中を雰囲気だけで下がらせ、背中越しに「まあ、ゆっくりしていきや」と声をかけてくると、そのまま馬面を引っ立てて地上への出口へと消えて行った。

「……俺、なんかすげぇヤバい瀬戸際に居た?」

「うん、ごめん。ここまでヤバい奴だとは思わなかった」

 横道は街金さんから渡された万札半分を惚けたまま誠一に渡し、誠一は黙ってズボンのポケットにしまう。

「あの人って……」

「知らない方が幸せな世界の人だ。判ってると思うけど、それ、口止め料コミだと思うぞ」

「な、なるほど」

「まあ、これで俺から借りる必要はなくなったな。そこのコーヒーショップで休憩していこうぜ」

「よしゃ、結城のオゴリやなっ」

「横道の借金から引いておいてやるよ」

「まだ借りてへんやろ!」

「往復の交通費・手数料がありまーす」

「しゃあないなぁ、来てもろうたのは事実やしな」


 少しだけ歩いて普段なら高校生にはちょっと入り辛い感じの喫茶店に入る。昼過ぎなら社会人がひと時の安らぎを求めに来る、そんな店。


「ンー、コノカオリガマタナントモ」

「無理すんなって」

 ファストフード店ならセットメニューが買えるお値段のオリジナルブレンドをブラックで口にする横道。それを笑いながら、誠一は砂糖を1つ2つ3つ。

「しっかし、よう咄嗟に動けたもんやな。オレなんて頭ん中『え?』しかなかったって」

「さっきの?」

「そう、なんかびっくりしている間に終わってしもたけど」

「……お前、やっぱもう悪ぶるのやめたら?」

「関係ねぇだろ、お前はなんちゃらとかいう格闘技習ってたからちゃうんか」

「あんなのタダの喧嘩だよ。腰に手を伸ばしたから何か道具持ってる、道具を出される前に仕留める。後ろからだったし、真面目一辺倒な奴でなけりゃ誰でもできる」

 間接を極めるのは知識と練習が必要なのだがその件に関しては失念している。

「そんなもんかねぇ」

「中坊にカツアゲされる前に引退しておけって」

 帰り間際に校内で会った男子生徒、彼1人を倒すのにも横道レベルなら5人は必要だろう。むしろ横道の代わりに彼があの場に立っていたら、誠一が頑張る必要もなかったはずだ。

 馬面の動きを見て素人と感じたから横道にブロックを呼びかけたのであって。

 道具……ナイフ程度でも持っているなら危険だと感じたがナイフどころではなかったのは正直驚きだったと横道に説明する。

「そういやぁさ、バイクで送ってもらったって言ってただろ?」

「あ、ああ……」

 誠一は少々困る。『ヨシノさん』について突っ込まれても答えるような事は何も知らないし、バイクの速さについてもどう説明していいのか表現できる自信がない。

「という事はだ、交通費って帰りの分だけじゃね?」

「あっ、ばれた。しかも危ない目に合わせかけた事を計算に入れるとチャラでもおかしくない!」

「そういやぁそうだわ! よし結城、金をはらえ!」

「ひいい、堪忍しておくんなましお代官様っ、うちには30歳になる息子と死んだ父が病気で苦しんでおります。どうかそれだけはっ!」

「働かせろや! 死んだ父が苦しむか!」

 冗談を交わして笑いあう。趣味が合うわけでもない委員も部活も違う、去年同じクラスで隣の席だっただけでいつの間にかなった無駄口が叩ける間柄だ。


 丁度会計が終わったところで横道のスマホが呼び出しを始める。

「家からだ」

「どうせ早く帰ってこいとかそんな話だろ」

 最初は同じ方向に並び歩みはじめたが、横道は「えー? それ殆どなんなんタウンやん」と洩らしてから片手で手刀を作り、人差し指で自信をさしてから別方向を指す。

 意味は「すまん、俺は向こうに用事が出来た」って所だ。

 それを認識したのを見計らったように誠一のスマホも持ち主をけたたましく呼び出しはじめる。

 お互い軽く手を振りながら別れ、電話に出ながら改札に向かう階段をトントントンと1段飛ばしで降りる。

「もしもし、何?」

『ほら、美代子、お兄ちゃん出たわよ』

「美代子?」

『せーにー! はやく帰ってきて―』

「どしたー? 何か良い事でもあったか?」

『今日はすっごいよー、ごちそーだよ!』

「へぇ、何があるんだ?」

『んとね、おすしにケーキにピザにセンタッキーにうなぎにケーキ!』

「ケーキ2回言ったぞー。凄いごちそうだな」

『早く帰ってきてー。一緒にたべよー!!』

「んーと、そうだなー」

 時計を見てざっくりと考える。今が19:21、ここから地元駅まで待ち含めて30分くらい? 駅から徒歩で20分くらいだから20:00にはちょっと辛い程度か。

「8時にはちょっと間に合わないくらいになるかなー」

『んじゃ9時?』

「そりゃまぁ9時になるまでには帰るよ」

『はーい、はやく帰ってきてねー』

 と、電話口にガラガラと玄関口が開く音が聞こえる。

 誰か来客らしく母親と会話を始めた気配、そして受話器が投げ捨てられたのか激しい音がして通話が切れた。

 苦笑してスマホをポケットに戻すと改札を前にして尿意を覚えトイレに向かう。

「そうか……、今日は何なんだろうな。そんな一度に……」

 掃除が行き届いたトイレで用をたしているとぞくっと体温が下がり、目がチカチカする。

「またか。暴れたせいか?」

 済ませて手を洗うと目頭を押さえる。

 本当は目を上から押さえつけたい気分なのだが、あまり良くないと聞いている。


――『はやく帰ってきて―』

――『んとね、おすしにケーキにピザにセンタッキーにうなぎにケーキ!』


 楽しそうな妹の声を思い出す。

 自分も帰って食べたいな、美味そうだなと気持ちが逸る。

 てもなんだかメニューのバランス悪いな。

 それぞれの好きな物全部盛りって感じだ。


――『お前んとこ大丈夫なんか?』

――『いつもなら利息だけ払う社長が一括で返済して行きよった』

――『別れ際に今までありがとうございましたなんて言いよった』

――『ピンと来んか。なら今日はコッチでゆっくりして行った方がええ』


 ピンと来ないなら帰らない方が良い?

 街金さんは仕事にはシビアで怖い人だが、人情味のある人でもある。きちんと返済する客や仕事に直接関係のない自分に対しては悪意あるような事は言わない人だと感じている。

 都会で何年も酸いも甘いもを噛みしめてきた人が、ふと自分にしてきたアドバイス?あれだけのヒントで何かを察することができるようなら戻っても問題ないという事か?

 債権者から取り上げた金を駄賃だと渡してきたが……多過ぎる。金貸しが金を出すなんて余程の事だ。小遣いが少ないと言いかけた俺がこっちに残る事ができるように渡したのか? ここは友達と2人で4万もあれば、時間をつぶす場所はいくらでもある街だ。 


 自分にとっては親父が世話になっている人で、ちょっと話をした事のある人。信用や信頼で言うなら『近所の無駄話好きなおばちゃん』の方がやや上にある程度の関係なのに、その言葉がどうも気にかかる。


 手に水を溜め顔を洗う。

 なんてことは無い、家にたどり着くまでに街金さんが何を心配していたのか思い至ればいいんだ。

 そう考え直してちょっとすっきりする。


 きっとそうだよ、家に着くまでに。

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