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METARU Sorcery-帝国の基礎魔術-  作者: 高見 敬
第0章-プロローグ-
4/25

□やくそく

(しかし参ったな、こりゃ)


 誠一にとって小田ちゃんは好きな人の後輩でしかなかった。

 誠一が好きなのは幼馴染の優子さんだ。


 優子さんとは物心ついた頃から一緒に過ごし、共に食事をし、勉強をし、よくお風呂も共にしたし、一緒に寝る事もあった。

 まるで姉弟のように暮らしていたが、正面の家に住んでいるお向かいさんだ。


 優子は気さくでマメな性格をしたしっかり者であり、誠一の事をいつも守ってくれた身近で暖かなひまわりのような人。

 常にいつも誠一の一歩先を行き、なんでもできた人。

 最初はおねえちゃんのように慕い、やがて1人の女性として意識している事に気が付いていた。


 誠一が中二の時まで、優子が高校2年の時まで頻繁に一緒にお風呂に入っていたのだが、その頃には体が女性を意識するようになって無理になった。

 常識的に考えれば異常なのだが、それまで誠一に何も意識させない程に気を許した家族同然であったともいえる。


 そんな優子が『認めた』後輩が小田ちゃんだった。

 小田ちゃんと最初に出会ったのは……武統会の2F道場だったはずだ。

 子供用薙刀で型を丁寧に繰り返していたのを、班長をしていた優子が「うちの班で一番真面目な奴」だと指したのが小田ちゃんだ。

「頑張りなよ」と声をかけると、こっちの鼓膜が破れそうな勢いで「はい!」と元気に返事をしてきたのが印象的だった。

 実の妹はまだ小さいが、間にこの子くらいの妹が居ても良かったんじゃないかと思っていたら、学年は1つしか違わないと優子さんから聞いて驚いたものだ。


 事ある毎に優子さんは「小田ちゃんは……」「小田ちゃんが……」と話題に上げるのでつい見ると、向こうも話題にされたのが判るのかこちらを見るのでよく目が合う。

 挨拶代わりに微笑むと微笑み返してくる。

「もしや優子さんってそっち系?」と冷やかすと「それもいいかも」と返される程で少々嫉妬した事も有るのは秘密。


 優子さんの『小田ちゃん話』は誠一が武統会をやめてからも、優子さんが大学に行くまでほぼ毎日欠かさず聞いたので忘れっこない。

 そんな小田ちゃんが高校の新入生代表挨拶で舞台の上に上がった時には驚いたものだ。


 校内ではちょくちょく見かけ、少なくとも誠一が委員の当番で図書室に居る時は必ずとそこに居た。

 誠一から声をかけようとはしたのだが、委員の仕事がある時は話し込む訳にもいかないし、作業の合間を見つけて声をかけようと近寄るとタイミングが悪く本を戻しに行ってしまったり。

 そして戸締りをして帰る頃にはその姿は無いというのがいつものパターンだった。


 そして、今日。

 図書室の戸締りをしている時にちらりと見かけたが、そこから最終下校時刻を少しだけ回った時間になるまで少しかかっている。

 自分達より遅く出てくる生徒はそう居ないはず。

 そんな時に知り合いの女の子がそこに居るとなると、待っていてくれたんだろうなと察することはできた。


 前々から声をかけようとしてタイミングを逃していたのだから丁度いいともいえる。

 そんな訳で誘った訳なのだが。。。

 どうにも困ってしまった。


 誠一にとっては異性として最も大切に思っている女性が、一番気にかけて大切にしている女の子。

 その娘がどうも自分に好意を抱いているようだと気付いたのは横に並ばせた時からだ。


 数年前の誠一なら全く気付かずに居ただろう。

 けど、優子さんを女性として意識しだした頃から、モテ期に入ったとしか言いようがない感じで女友達が増えた。

 優子さんの部屋に入り浸って乙女ゲーを散々プレイした結果、女友達にウケる所作も言い回しも覚えていた。

 厄介ばらいを頼まれて親密なふりをする事も多くなった。

 正式に付き合ってほしいと告白される事も結構あった。

 そんな場合でも、どこかで聞いたような「君はまだ恋に恋してるだけなんだよ」とか「俺には君の気持に答える資格は無いんだ」等と台詞をならべて「でも気持ちは嬉しいよ。告白してくれてありがとう」とでも締めくくっておけば満足してくれた。

 ハッキリ言って『上っ面だけの言葉』だが、それで満足するようなのだから、相手の女の子達もやはりその程度だったのだろう。


 少なくとも小田ちゃんは『今まで告白してきた娘』よりもかなり重症だった。

 背中を押して歩かせはじめた頃からバグった。


「優子さんとは最近も連絡とってるの?」

「マママMyに血出羽内でScapedoll。蜜蟹いチ毒雷鳴ル子弟Math」

(訳:毎日では無いですけど、三日に一度くらいメールしてます)

「大丈夫? どこかで休憩でもする?」

「DIE状不、心肺無いDEATH」

(訳:大丈夫、心配ないです)


 右手と右足どころか、右足と左足を同時に出しても「器用だな」で済ませてしまいそうに思える壊れっぷりである。

 今まで「あっ、この子俺に気があるな」と判る子は居た。

 そんな子が告白の為に誠一を呼びだしたって時は大抵『さっきまでの小田ちゃん』状態だった。

 つまり先ほどまでの段階で気付いておくべきだったのだが、その可能性を完全に除外してしまっていた。


 いつも居る子とは違う。

 何かがそう判断を狂わせていたのだ。


(ただの上がり症って……訳でもないよな。やっぱ)

 それでは新入生代表挨拶の舞台になんて立てば、その場で失神でもして大騒ぎになってたろう。


 駅の改札を抜ける時は比較的マトモだった。

 列車に乗り、向かい合わせの時は嬉しそうに見えた。

 何故か誠一の横はダメみたいだ。


(右横に居てくれた方がなんとなく話しやすいんだがなぁ)


 誠一が話し相手の女の子が右横に居るのを好むのは『歩行者は右』で『女の子に車道側を歩かせたりしない』という知識から始まった癖。


 仕方なしに後ろ向きに歩くなどして小田ちゃんの正気を保つようにして再び改札を抜けて駅を出る。

 小田ちゃんの入学以来、ほとんど接触がなかったのだから、好かれる原因があるとしたら武統会時代。

 3年越しくらいになるのかと考えると不思議だった。

 もう共にいなかった期間の方が長い。

 とっくに思い出の1ページになってても良いと思う。


 ほぼ一方的に誠一が話しかける形で駅のロータリーを抜けた公園に差し掛かる。

 優子さんの話を思い出すと、たぶんここで誠一と小田ちゃんの家とは別方向になる。


 案の定と言うべきか、瞳がソワソワと周囲を探るように動くのを確認して誠一は公園に立ち寄る。

 入口の所に花壇と自販機があって、膝下くらいの植え込みがある。

 もう一方の入り口脇には定番の水道とこの近辺の地図。

 奥にはパンダとウサギの遊具があり、あとはベンチと照明があるだけの、ほんのささやかな公園。

 居酒屋の換気扇からは焦げた醤油だれの香りが漂い、すぐ前を帰り路を急ぐ人たちが大勢通り過ぎる。

 ムードもへったくれもないとはこの事だがこの歳どうでもよかった。


 もし告白してきたら。

 それをここまでずっと考えてきた。

 何度考えても上は『優子さんの舎弟』であり、下は『元同門の仲間』だった。

 そういった意味では普段居る女子達より遥かに大事な存在ではあるが、それだけにどう断るかが重くのしかかって来ていた。

 それで言うなら、公園に差し掛かった辺りで何も察してない様を装って有無を言わせず「じゃあ、また!」と走り去れば当面の事態を先送りできたかもしれない。

 でもそれは嫌だった。

 ただの逃げに思えた。

 何か考えがあって当面の事態を避けるとか、当面の事態を避ければ改善策が浮ぶ見込みがあればそれも良かったがそれはあるまい。


 促してベンチに座らせると自販機でホットのお茶を買ってくる。

 小田ちゃんは片手を底に添えるように両手で受け取ると、持ち替えて両手で持って一口。


「結城先輩は……その……私って、どう思います?」

「小田ちゃんの事かぁ。『優子さんのお気に入り!』だね」

「優子さんの……ぇへへ」

 ちょっと嬉しそうに鼻の頭を触ってから少し固まる。

「そ、そうじゃなくてですね」

「そうじゃなく?」

「それは優子さんの感想じゃないですか、結城先輩は、っです」

「綺麗だとおもうよ」

「き、ki、きりぇひ?!」

「歩き方が」

 予想した通りの反応に笑う誠一。

「凄く無駄のない、ブレもなく真っ直ぐに背筋伸ばした綺麗な歩き方してる」

「もうっ、そこですか」

「そこしかないんじゃないかな?」

「あぅ?」

「俺は小田ちゃんの事、優子さんから聞いてる。

 真面目だ、誠実でひたむきで一途、頭が良いし体も柔軟で緩急のキレも良い。

 でも、それは優子さんから聞いた話だよ」

「はい」

「俺は、俺自身では何も小田ちゃんの事は何も知らない。

 優子さんの班で頑張ってる子が居て、その子がうちの学校に来て新入生代表挨拶やってた。

 あとは時々見かけるってくらいしか言いようがないんだよね」

「そう。……ですよね」


 一拍呼吸を置いて切り出す。 


「……あ、あの、ゆ、結城先輩。わ、わ、私が、私が結城先輩の事……す、す、す、きゅぅぅ~」

「ちょ?! 鼻血鼻血!!」

 誠一慌ててポケットティッシュを取り出すと、小田ちゃんは一枚引き抜いて垂れないように拭う。

 そしてそのティッシュと小鼻を押さえる為に両手で口を覆うようにする。

 地面に転がったお茶がトポトポと地面を湿らせる。

「ごめんなさい、なんかもうぐちゃぐちゃで。

 さっきのはもう忘れてください……」

「忘れてって、小田ちゃんが俺を好きだって事?」

「うっ……はい……だって迷惑ですよね」

「好きだと言ったら迷惑ですか?」と言いたかったのだが、鼻血が出てしまい、なんだかそんな気分じゃなくなったのだ。

「そうだね、困るけど嬉しくもあるかな」

「嬉し……い?」

「小田ちゃんってさ、結構前から俺の事想っててくれたんだよね?」

「はい」

「俺が武統会を退く前からだから、もう会ってない期間の方が長いくらい」

「そう--なりますね……」

「そんなに一所懸命に想ってくれた子って居ないから」

「でも、でも、告白した子もたくさんいるって……」

「あの子達はさ……初めて見た時から好きでした。かっこ但し2か月前かっことじとか。そしてその半月前には別の男の子に告白してたり」

「そうなんです?」

「うん、だから好きだって言われてもなんとも思わなかった。あー、またかーって感じ」

「じゃぁ……」

「小田ちゃんは違ったよ。正直嬉しい。

 会わなかった期間、他の男も居ただろうに」

「だって他の男の子は……その……ジャガイモさんみたいであんまり……」

「ハハハ、ジャガイモは可哀想だなぁ」


 少しの沈黙。


「でも、やっぱり……困るんですよね」

「そうだなぁ。正直、容量オーバーって感じなんだわ」

「容量オーバー?」

「色々考えなきゃいけないことがいっぱいあって、考えが追いつかない。

 小田ちゃんの気持ちは嬉しいさ、嬉しいんだけど……俺は優子さんが好きなんだ」

「はい!」

 元気な返事に意表を突かれて戸惑う。

「えーと……気付いてたの?」

「露骨でしたから」

「ぅぇっ?! それでも好きで居てくれたんだ。参ったな」

「優子さんは特別ですから」

「じゃ、とことん一緒なんだな」

「はい」

「優子さんの気持ちは、俺の事を異性として見ることは無い。たぶん他の誰かを好きになる」

「……そう……」

「優子さんってさ、強い人じゃん?」

「強いですね。力も技も心も運も」

「俺がこう……いくら頑張っても追いつけない気がする。でも追いつけなきゃ男としては見てもらえない」

「そんな事ないですよ、優子さんは頑張りを認める人です!」

「そうじゃないんだよ。小田ちゃん……」

 誠一は力のはけ口を求めて自分の掌を拳で打つ。

「優子さんに認めてもらうだけなら頑張り続けていればいつかそうなると思う。小田ちゃんがそうであるように、ね。

 だけどそうじゃない。

 男として見て、そして異性として惚れてもらうには超えなきゃならない。何か優子さんが認める何かで超えなきゃならない」

「そう……そんな人ですね。優子さんは」

「優子さんは努力を怠らない。俺が努力しても差は縮まらない。

 100努力している人に、50しか努力をしてはいけない人間が追いつけるはずがないんだ」

「あ……目……」


 本気の激しい運動ができない。

 瞬間的にならどうだか判らないが、継続的に続けるには危険すぎる爆弾。

 目的の最終段階で目が見えなくなるのならそれも代償と割り切れるかもしれない。

 だが練習で視力を失うのは割りに合わない。リスクが高すぎる。


「もし仮に、俺が俺にできる精一杯をして、優子さんに「よく頑張ったな」と言ってもらえても。それは努力賞だ。金賞じゃない。俺の頑張りとやらを評価して『認める』と言ってくれたとしても、それはお情けだ」

 黙って頷いた少女を確認して続ける。

「優子さんはもうずっと先に行ってしまっている。

 なんとなく判ってるんだ。優子さんは俺を見捨てたり見限ったりはしないだろうけど、男としてじゃない。か弱い弟を守ってやろうという姉が付き添ってくれるだけだ。

 それは……そんなのはみじめだ」 

 誠一は性根の所で体育会系だ。頭で考えるより体を動かしたい。心の感じるままに動きたい。

 その道を封じられてしまった以上はと勉強や読書と言った文化系に道を求めてみたものの、まだまだ頭が固い。

 決定的に中途半端でしかない。

「小田ちゃんさ……」

「はい」

「そんな俺が、優子さんは無理っぽいから小田ちゃんでいいわ、小田ちゃんでいこう。なんて妥協の考えで付き合って。愛想尽かさない自信ある?」

「無理です」

「俺も無理」

 自虐的に肩をすくめる。

「優子さんに好きな人ができて、その人に優子さんがフラれて、その人が無理っぽいからって俺によって来たら。

 そんなの優子さんじゃない気がするんだ」

「私もそんな優子さんなら嫌いですね」

「「そんな人じゃないけど」」

 声が重なる。

「あはは、よく判ってるね」

「一番弟子ですから」

 街が明るすぎて星が全然見えない空を見上げる。


 あまり高くない位置を飛行機が通過していく。

「待ってて……貰ってもいいかな?」

「待つ……ですか?」

「うん。俺が何か仕事に就いて、ちょっとした稼ぎでも持てるようになって。優子さんに全力で告白したい。

 俺の頭じゃ大学なんて到底目指せない。だから1年ちょい、まあ2年かな。全力で当たって砕けるから」

「砕けるの前提ですか」

「砕けない可能性が?」

「ありませんよ?」

「ひどいな」

 気付けば小田ちゃんに先ほどまでの緊張は感じられない。

 軽口を返す余裕もある。

「俺さ……最初どう断ろうか、すっげぇ考えてたんだ。

 俺の好きなのは優子さんだし。けどその優子さんの大事な一番弟子だし。

 覚えてはいるし優子さんからは話聞いているけれども、よくは知らない子だし。

 でも同門で仲間だし。

 傷付けないようにしなきゃいけないと思ったし。

 他の子みたいに諦めさせるにはどうするべきかとか。

 好きな人の気持ちが自分の方向いてない気持ちって判るし。

 向いてないと知ってて告白しくれた気持ちって、すっげえ勇気要るなと思うし。

 ぶっちゃけ、今の俺ではできねぇことやってくれやがったなって感じだし。

 でも勇気出してすごかったからってのはさっき自分がみじめだってのと一緒だし。

 もう自分が何から考えれば良いのかもわかんくなってる。

 だから、保留にさせてくれ。

 順番に1つずつ処理させてほしい」


 頭を下げる。

 年下の、ずっと待ってた女の子に随分失礼な話だとは想った。でも今の誠一にはこれしか答えが出せなかった。


「……アピール……しますよ。良いですか?」

「お、おう」

どんなアピールの言葉が飛び出すのかと心構えたが。

「結城先輩は私の事をあまり知らないと言いました。だから、私の事。知ってもらいます。今までみたいに、ちょっと離れた所から見ているだけはやめます。いいですか?」

「ああ、いいよ」

「どんどん好き好きアピールしますよ。好きを諦めませんよ」

「軽い子達とは違うさ、諦めてもらわなくてもいい。ガウガウ来てくれたっていいさ。

 俺のダメな面、嫌な面が見えて、小田ちゃんが俺を嫌いになるかもしれないけど」

「そんな事!!」


 座っていたベンチから衣擦れの音だけで立ち上がる。


「ありえません。

 きっともっと好きになります!」 


 そして有無を言わせぬ2歩

 背中に回る小さく細い、しかし力強い腕


「だって、断られたのに、保留だって言われたのに、キープだって言われたのに。

 こんなに、今までよりずっと一層好きになっているんですもの」


 息ができなかった。

 胸に押し付けられた頭と回された腕に、こもる力に呼吸を停められた。

 今、息をするとこの娘の放つ絶対的な香りに堕とされる。

 艶やかな髪の感触が、シャツを通して肌を貫通し心臓を絡め取ろうとする。

 引き離さないとと思う意思とはうらはらに、誠一の腕はその魔性の髪を胸元に押しつけていた。


「ごめん、ありがとう、ごめん……」

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