□裁判所へ
病院の飯は普通に美味しかったです。
いやホント。
看護師さん達が何をそんなに嫌がってたのか全く解らない。友人達と時々行くファミレス位の美味しさですよ?
看護師さん達が「ホントに全部食べたの?」みたいな顔で器を下げて行ったから嘘とか冗談って訳じゃないみたいだけと。
あれから7日ほど。体感的には2ヶ月以上閉じ込められたようなそんな気分だけど、その感覚が久しぶりに来るまで忘れていたけどおつうじも出て。
先生から俺の考える運動をしても良いと許可もでて。
で、今は猿飛さんと知らない警官の人に挟まれ、これまた知らない警官の人の運転で裁判所に運ばれて来た所でで。
「ただのビルだ……」
「ん? どうした?」
「何の変わった事のない、どこにでもある建物だなと」
「ははぁ、さてはお前、ギリシャのイオニア式の柱が建った玄関とか思い浮かべていたな?」
「いや、そこまでは。でももう少しデザインに凝ったり……」
目の前にあるのは「飾り気などいらん!」と激しく主張する、飾り気のない雨風しか防がない建物。
自分の通う学校の昭和初期に建てられた部分の方がまだ趣味が良い。いや、外壁の塗り替えをしたと聞くからその差くらいか。
「でざいん……おぉ、意匠か!
まぁまだ判らないか。この無駄を削ぎ落とした最先端の機能美」
「最先端ねえ……」
「あ、お前、ただの石造りの建物だとか思ってるな!」
「違うんすか?」
「あらゆる攻撃にも耐え、外部からの術を遮断し、強固かつ柔軟性に富む特殊壁材」
「柔軟?」
「そう、例え音速で射出された人間がぶつかっても怪我ひとつ負わせる事なく建物全体で衝撃を分散吸収する」
「へえ~?」
剥き出しの壁を叩いて見ると、普通なら「コンコン」と乾いた音がかえって来そうな所が「フカッ」と柔らかに受け止められる。
腰を入れて強めに正拳を打ち込んでも吊るした布団を殴ったような感触だ。
「なにこれ! 面白い!」
「その扉も面白いぞ、ゆっくりと通ってみろ」
ガラス扉……いや、単なるガラスの一枚板に見えるそれに、おそるおそる触るとピチャッと波紋が立つ。
「水?」
「そう見えるだろ? 勢いよく叩いてみな」
力は込めないスピードだけのジャブを打ち込むとカンと乾いた音が響く。
「お、なかなかやるな」
「固いっすね」
「これは対象の速度によって固さを変える物質でできている。ゆっくり歩く位の速度だと素通りできるが、競歩だと弾かれる。 お前みたいに殴ると大抵は弾かれる感じなんだがな、硬質な音がする程の速さで殴れる奴は滅多に居ないぞ」
「へぇー……あ、もしかして結構あちこちで使われていたり?」
「さすがにここよりかは等級は落ちるが、大抵どこにでも使われているな。……どこか壊したか?」
「あのロボに追われる前に頭を打ち付けて、べっこり凹んで頭を切ったんすよ」
「あ……あれもお前か! まぁあの壁は半月程で治る壁だから気にすんな。家主からは怪我人が要るかもと心配する報告があっただけだ」
「半月もかかるんすか……」
「たった半月で自動修復されるのはなかなか良い壁だぞ」
「あ、自動で治るんだ?」
「壁なんてちょいちょい壊れる物は自動で修復されないと不便だろ」
「そっか、壊れても治るなら便利で……ちょいちょい壊れんの!?」
「当たり前だろ?」
あ~、猿飛さん、警官だからそんな所によく行くだけだろ。塀なんてそんなに頻繁に壊れる物じゃないって。
とは思うが口には出さないでおこう。
「まぁ、そろそろ行きましょうよ」
「心の準備は良いのか?」
「あ、それで無駄話してくれてたんすか。でもほら、受付のおじさんが待ちかねているみたいにですし?」
「そんな気配りできるようなら大丈夫だな。じゃ行くか」
猿飛さんが先に潜り抜け、窓口の人と話し始める。
すげぇな。薄い幕を隔てただけでほとんど離れてないのに全く声が聞こえない。
「おい、早く行け」
「あ、後ろに居たの」
運転していなかった方の警官に急かされ、慌てて中に……弾かれた!
面倒くせぇな、これ!
見てないけど、後ろの警官は尻もちをつく俺を呆れ顔して見ているに違いない。
ゆっくり歩きゃ良いんだろ。ちゃんと聞いてたよ。
でもこれ、火事とかで避難する時には不便じゃねぇのかな。
「何やってんだか」
「見てました?」
「逃げ出すこたぁ無いとは思っちゃ居るが、ガッツリ目を放す訳無いだろ。
外2法廷で行うが少し時間がある。下で飯でも食うか?」
「奢り?」
「アホぬかせ、自腹と決まっている」
「じゃあ水だけ」
「水ならいいぞ、好きなだけ頼め」
「わ~い、猿飛さんが破産する程飲むぞ~」
「飲める物なら飲んでみやがれ」
タダだもんな。
「しかし、意外と人少ないっすね」
「我々はこれが標準だからわからんが、どう少ないと思った?」
地下にある食堂のテーブルに着いて辺りを見渡すと、警官らしき人が何人かいる程度。そして食堂にくるまでも殆ど人の姿はない。
「なんか、検事さんとか傍聴人とかもっと色々居るイメージが」
「そんな大事件じゃねぇからな。そっちはどうか知らないけど、この程度の事件なら俺が検事兼弁護士」
「不正の臭いしかしない!」
「失礼な。事件の性質から予め決められた基準がある。今回だと裁判官が1人。被告と被害者がひとつの卓を囲んで話し合う。あとは制圧武官が6人付く程度さ」
「制圧武官って仰々しいなぁ」
「強えぇぞ。最低でも1人で10人の正規軍人を倒せるからな」
「勝てそうにないなぁ」
「勝負を挑もうなんて考えるなよ。顛末書を書くのは面倒なんだ」
「むう」
しばらく裁判についてのおさらいが続く。
移動中にも説明は受けたが、要するに嘘はバレる魔法がかかっている。聞かれた事には答える。黙秘は禁止。自分から何か発言したい事が有るときは許可を貰う事。暴力を振るうとその場で抹消。
色々結構厳しい。
嘘を見破る魔法は、平の警官以上なら全員使用可能で、裁判所は敷地全体にそれがかかっている。
はじめての体験だけど、嘘をつくと『伝わる』のだ。
例えばさっきの猿飛さんの「最低でも1人で10人の正規軍人を倒せる」この言葉自体は本当。
でも「1人で10人の正規軍人を倒せる」は矮小化したなと感じた。つまり制圧武官はもっと強い。
「顛末書を書くのは面倒」は完全に嘘だと判る。まあ、個人的に気に入ってくれて心配してくれているんだけど照れ隠しでそう言ったんだと俺は思う。突っ込んで聞くと後始末をつける事ができない気がするので黙ったけど。
黙秘の禁止は何度も聞いた。都合の悪い事は答えなくても良いと誰かから習ったから、言われなきゃ黙ったかもしれない。 ちなみに黙秘をしても強制的に相手の頭の中を覗きこむ魔法もあるって、それをすれば全部わかるらしいけど、それを行使させた事そのものが重罪になるらしい。
何がどう罪なのかはよくわからないけど。
抹消なんてのは死刑より厳しいらしく、最初から居なかった事にされるらしい。
死んだ位なら生き返せるって話だから、生き返らせる事もできないようなのなんだろう。
ゲームでいうならロストって奴かな。蘇生魔法とかアイテムの効かない状態。
まぁ俺には死刑もロストも同じだけど。
「さて、そろそろ向かうか」
「気をつけて行ってらっしゃい」
「は~い。行ってきまぁーーじゃ無くって! お前が来なくてどうする」
「猿飛さん……実は……」
「どうした?」
「家を出るとき可愛らしい挨拶してるんすね」
「ど、どうでも良いだろ! 早く立て!」
追われるように立ち上がり、階段をかけ上がる。
と、踊り場で上から降りてきた一団に道を譲って角で止まる。
前後に警官が1人づつ。西洋系の男性5人と女性が1人。そして合間に隠れるように外国人の女の……。
「あぁぁぁっ!」
思わず声を上げてしまっ……ちょっと待って。
モノローグ入れさせて。
護衛の人の反応良いのはわかったから、銃口下ろして。
もう両手上げてるから。ホールドアップしてるから!