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METARU Sorcery-帝国の基礎魔術-  作者: 高見 敬
第1章-基礎魔術Ⅰ-
21/25

□警察病院

「よくまぁ診察希望したことですね」


 白衣の女が紙のカルテを机の上に投げ捨てる。


「そんなに悪いですか?」

「良いか悪いかで言えば良いんだけどね?」


 天王寺(てんのうじ)にある警察病院に移され、採血と検尿をしたあと、たぶんMRIらしき物に入ったり、恐らく心電図をとる機械に繋げられたり。

 こんなに色々する意味があるのかを疑問にし、検査結果待ちに飽きが来た頃に呼び出された第一声がこれだ。

 

「良いとは?」

「うん、綺麗に繋いであるよ? かなり慎重に検査結果を見ていないと気付けない程に。私が術者ならここまで丁寧な仕事はやりたくないくらい」

 イグさんはパッと見ただけで見抜いてましたが。


「じゃ何か問題が?」

 と、これは猿飛さん。

「これは位相補完……つまり、別次元の本人から部品を少しずつもらい受けて体を作り上げるやり方ですが」

「ふむふむ」

「猿飛さん、わかってないで頷いてるでしょ?」

「失礼な。この程度は解るさ。君とは産まれた世界が違うんだ。言葉通りの意味で」


 最初の印象から脳筋直情型だと思ってたからまだそれが抜けない。

 でもこれはこの国だと小学生レベルなのかもしれない。


「問題として明確なのは現在の体重が48kgしか有りません。

 正確な数値は日数かけて計算する必要が有りますが、そのおおよその体格から推定すると約15kgほど足りませんね」

「ダイエット本でも書けば大ヒット?」


 質量が足りないとかイグさん言ってたね。ホント医者要らず!


「お前……事の重要性がわかってないだろ」

「すんませんね、魔法なんて無い世界産まれなもんで」


 女医は看護士に言って、受付窓口横に備え付けられた配布用の小冊子を何冊か持って来させた。


「この一冊が今ここにいる『結城誠一』です。そして」

 表紙から数枚を持って後半を破り捨てる。

「これが君の負った負傷です」

 捨てた方が多いんですが……

「そして、受けた治療が……」

 引き出しから鋏を取り出すと、他の小冊子から飛び飛びに2ページずつ切り取って重ねる。

「こういう事で今もこの状態です」

「おお、元どおり」

 女医は「これでも?」と机に置かれた小冊子を払う。

 多くは床に落ちるだけだが、結城誠一と言われた小冊子だけはバラバラと床に散らばる。


 これ、俺?


 散らばった小冊子が憐れに思えて拾い集め、そして気づく。


 一冊だけ厚みが違う小冊子がある事に。


「それは元の姿の見本として手をつけなかった分です。

 もちろん、人間は本とは異なり、安静にしていれば繋がります。足りない頁もそのうち埋まります。提供した側もここ数日は無性に腹が減ると感じくらいでしょう」

 ほっと息を継いだその瞬間を見計らったように「ただし!」と厳しい声。

「数日の間、体組織がスカスカなのは確かです。安定するまでは入院を勧めます」

「では手続きをお願いします」

「猿飛さん、良いんすか?」

「言ったろ? 裁判まで死なれては困る。この間の医療費は警察予算から出る事になっている」

「あ~、じゃあ、ついでにと言っちゃ何ですけど……俺、いや自分の荷物の……」 

「荷物?」

「えぇ、その中に入っている目薬の補充なんてお願いするのは厚かましいっすかね?」

「うーん……」

「薬なんて物は定期的に用法と容量を守ってこそ意味のある物です。彼の判決の結果が即座に死を与えるような物です無い限り、この間に中断した結果で症状が悪化した場合の責任は、警察に問われる事になるでしょうね」

「そりゃ不味いな。認めます。最悪は俺の自腹になっても構わん」


 先生ナイスフォロー


「荷物の中の目薬と言うと……これか?」


 猿飛さんがどこからともなくポリ容器に入った目薬を取り出してくる。

 実は荷物は全部、移動の度にいちいち猿飛さんがどこかに入れて運んでくれているのだ。

 アレ便利だなぁ。


「それっす。あ~……先生、この世界にあります?」

「ふむ、容器は不便な構造ですね、ふむ……」


 貼られたシールの細かい字を読み、少し首を傾げ、目薬の容器から一滴を宙に浮かせて睨み付ける。


「《成分分離》《分析》……うーん?」

「この世界にない珍しい物質が使われているとか?」

「いや、そんな事は有りませんが……」

「なら何か?」

「これだと、疲れ目を軽減する程度の効果しか無さそうですが……?」

「え?」

「一体何の薬として処方されましたか?」

「え~と、網膜剥離と飛蚊症……です」

「目薬で飛蚊症ねぇ……うちのやり方とはずいぶん違いますねぇ」

「恐らく原始的な意薬品ではないかと」


 注:誠一が間違えて覚えたまま使用を続けているだけです。

 誠一を診察した眼科医は飛蚊症の目薬として処方した訳では有りません。

 お薬は慣れで服用せず、きちんと処方箋を読みましょう。


「だとすると失敗しましたね。患者の前でする話ではなかったようです。

 しかしどのみち眼科の検査に回します。

 うちでは飛蚊症や網膜剥離程度なら数日で完治可能ですからその目薬も不要になりますよ」


 なんだって?! 完治可能!?

 しかも数日で!


「嬉しそうだな」

「そりゃもう、数年来の悩みの種が消えるとなれば」

「そんな物かね」

「いま、眼科診察の空きがあるそうなのですぐに来るようにと」


 もう連絡取ってたんだ、早いなぁ


 眼科に移動して目の検査を始めるが、大半は元の日本で受けた検査と大差がない。

 中にイラストが描かれた機械を覗き込んだり、緑と赤のランプのある機械を覗き込んだり、輪っかの切れ目を答えたり。

 もっと異世界っぽい超技術とか珍しい道具とかあれば面白いのに残念だ。


「どうした?」

「いや、あまりやる事は変わらないんだなぁと」

「へぇー、遅れてそうなのにな」

「さーせんね」

「さて……網膜剥離だって?」


 誠一の目玉のアップ画像を宙に浮かべた物とにらめっこしていた眼科医が部屋の照明を点けてから誠一本人を観察するように注視する。


「えぇ、なんかこう、ふわ~っとした物が見えるようになって」

「飛蚊症か」

「はい」

「でも問題ないよ。健康そのものの目だ」

「はい?」

「綺麗な物だよ。全く濁りも淀みもない、我々の診断結果としては極めて健康としか言えないな」

「あれ? じゃ一緒に治療されたのかな? 字秘めさんに」

「お前が再生されたのは胸から下だろ」

「あ、そうか」

「もしかしてなのですが、見えているというのはコレではないですか?」


 眼科医が指を鳴らすと、顕微鏡で見た透明なゾウリムシみたいな物がふわふわと漂ってくる。


「送って」


 目が引っ張られるような感覚と共に黒い点が現れる。


「取り寄せて」


 逆に押さえつけられるような感覚と共に白い光が現れる。

 まさに今まで自分を悩ませていた飛蚊症で見えていたそのものだった。


「こ、コレです……どういう事ですか?」


 ふわふわと漂っていった光を、猿飛さんが手で払い退ける。

 えぇ~~、皆見えてんの? てか触れんの?!

 俺の目にだけ映ってる物じゃないのかよ!


「やはりそうですか。これは微精霊と力の揺らぎなんですよ」

「すんません、全っ然わかりません」

「あ~、コイツは魔術がない世界出身なんで」

「漫画とかフィクションならって程度なんで」

「む、面倒ですね。実在するのに人間の目に見えない物の事は把握されていますか?」

「幽霊とかゴーストの事ですか?」


 頭の中でシーツを被った仮装が思い浮かぶ。


「参ったな。熱や磁力の事すら知らない世界とは……」

「あぁぁ! そっち! すんません、頭のスイッチがファンタジー寄りになってました。熱とか磁力の事ね。電波とか重力とか風力とか!」


 物凄くあきれ果てた目がちょっと辛い。


「何やら関係の無いものまで混ざりましたが、今は放置して磁力で話しますね。

 磁力は通常の人間の感覚器官では全く感覚する事はできませんね?」

「はい、砂鉄とかで見る実験はやりましたが」

「そう、確かにそこにあっても磁力は見えない。磁力の特性を知らない人が、磁石とただのよく似た黒い石の区別ができるでしょうか?」

「無理……ですね」

「そんな、そこに存在していてもそれを知る為の感覚器官か手法を持っていなければそれを知る事ができない物はたくさんあります。熱・磁力・龍気・霊子・電子・時向・光子……」

「待って、待って。そんなに一度に言われても解らないし覚えられないです」

「むう……」


 眼科医に限らず、ここの人達は何かとすぐ語りたがって面倒だなとは思うが口には出さないでおこう。


「要するにです。存在しても確認手段が無ければ存在しないとされているモノはかなり多くて、微精霊などもその1つ。ここでも90年前までは理論上にしか存在しないとされていたんです」

「魔術補助に便利と分かり、視認方が幼児教育に採り入れられたのが40年前だな」

「もしかして魔力……とかも?」

「魔力というのはですね」

「あ~、先生。コイツには理解できないですから簡単に」

「つまらん。簡単にいうと魔力というのはいま挙げた霊子やら電子やらの確認し辛い力の総称であり一部の事だよ」

「総称で一部???」

「霊子や電子の中にも色々種類があって、その中で扱い易い物を引っくるめて魔力……あ、逆か。魔力って呼んでた物をよくよく調べてみたら、実は色々あって、それぞれ全然違う物だった。かな」


 猿飛さんの解説に眼科医がウンウンと首を縦に。


「話を戻しますが、あなたが見えている物は微精霊です。光の点と黒い点は力の移動痕です。

 一時的に濃度が濃くなった所は光って見え、逆に濃度が薄くなった所が暗く見えます。ある物が見えているだけなので何も心配ありません」

「そうか……俺にそんな特殊能力が……」

「いや全然特殊じゃないです」

「幼児教育でやってると言ったろ。やり方が判ってたら誰でも身に付くんだってば」

「先天的に見える人もかなり居ますよ」

「そんななだれ込むように否定しなくても。俺の世界じゃ珍しいのに」

「いやぁ、どうでしょうねぇ?

 飛蚊症との区別はなかなか難しいですし、存在しないと決めつけてる世界だと『見えていても見えてないとする』方も結構多いんですよ」

「そもそもお前、揺らぎの方も見えてたのなら、誰かが近くで術を行使したって事じゃないか」

「あぁっ!」


 誰かが魔法を使っている。

 それも身近で割と頻繁に。

 頻繁じゃないとしたら何人も。


「この世に魔力なんて無い」

 そう言う事は簡単です。でもそれを証明する事はできません。

 なら有るかもしれないし無いかもしれないとしか言えないのです。


 幽霊・霊感・魔力・エーテル・エクトプラズム・超能力

 科学・化学一辺倒な人は「そんなものは存在しない」と言う事でしょう。

 でも……その確認手段を持っていないだけだとしたら?



 この国の成人国民は定期的に全員記憶や知識を共有しています。

 その中で「興味がある事」と「興味がない事」の差があり、そこで覚えて居る事と忘れる事の差が生まれ、専門化されています。

 未成年はその共有の輪には入っておらず、その間で個人差を育んでいます。

 つまり大人同士の会話は「知ってる事同士」になりがちなので、知らない人に物を語りたがるのです。

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