□取り調べ室で
おおよそ六畳ほどの狭い部屋。
細い金属の格子が縦横と斜めに走った小窓。
入り口の際と中央に事務机が1つずつ。
おおよそはドラマで見たようなTHE取り調べ室といった様子で、いつ見慣れた俳優さんが入ってきてもおかしくない。
そんな小部屋。
部屋の中には入り口の際に席についた警官が1人。中央の机に背を向けて窓の外を見ている年配の警官が1人。そして誠一を運んできた警官と誠一の4人
「まぁ掛けたまえ」
年配の警官が背を向けたまま促す。
誠一が席につくとゆっくり振り返ってじっくりと観察をしてくる。
「まず、名前を聞いても良いかね?」
「龍生平七」
「本当の名前は?」
「本当のも何も……」
「我々は既に虚偽看破を発動させている。嘘をついても解るんだぞ!」
あぁ、脅し役と宥め役か。
「結城誠二です」
「こいつ、ふざけやがって! 真実看破に切り替えて欲しいか!」
「これ、気張り過ぎだよ。彼は試しただけだよ。名字は本当だね。で、下の名は?」
「誠一です。本当に魔法があるんですね」
年配の方がウンウンと頷く。
「私は寺西吉次という。こっちの煩いのは猿飛平次。記録係は涼風幹大」
猿飛がふんと鼻をならし、涼風と紹介された方は軽い会釈する。
「結城誠一君、現場の警官が言ったとは思うが、もう一度伝えておこう」
寺西さんが猿飛に視線を向ける。
「お前は現在、参政権ならびに自由権が停止されている。
お前には黙秘権はない。お前は警官の質問に対し正確に隠さず返答する義務がある。
お前が意図的に嘘・偽り・曖昧な表現等を用い、または暴力行為などで捜査の妨害を目論んだ場合、生存権も停止される。
お前には弁護士を呼ぶ権利は無い。但し我々の宣誓と名誉にかけて不当な利の損益を与える事はない。
以上の事を理解するように」
長い! これをまとめると……
「逆らうとぶっ殺す。って事で良いですか?」
「な、何もそうとは……」
「いや、飾った言葉を全て取り除き、要約するとそうなるね」
寺西さんが猿飛を制し目を覗きこんでくる。
「君は……この世界の人間では無いのかい?」
「そうみたいですね。昨夜イグさん……檻の中で知り合った方から言われて、あぁそうなんだぁってところなんですけど」
猿飛がアクションに困って寺西さんに無言で助けを求めている。
「なるほど、魔術が一般的でない国から来たと。ずいぶん日本語が上手なようだが、どこで習ったのだい?」
「いや、生まれた時から使っている言葉ですから」
「日本語文化圏か」
「ちげぇよ、生まれも育ちも日本の日本人だよ!」
「嘘は無いようだ」
「信じられん、こんな日本人が居るなんて。100年は未熟だ」
額に手を当て大袈裟によろめくが、さっきの猿飛の態度とどこに違いがあるのかわかんねぇよ。
「君の生まれた日本は正式には何と呼ばれていましたか?」
「正式……?」
「この星のこの島を日本と呼ぶ世界は、ほぼ無量大数ほどにあるのです。そこで教えて欲しい。君の日本は何と呼ばれていましたか?」
「ここだと日本帝国。よくあるのなら、日本皇国、日本王国、神都日本、日本神国、帝都日本、聖日本市国、日本共和国連邦、日本社会主義連合、日本資本主義選民統治国、日本国、日本州、日本公国、日本県、Islaod NIPPON、疎開区日本、日本特区……
「ち、ちょっと待って」
「どうした?」
「そんなに並べられても、俺は知らないってば」
「知らない? 自分の生まれ育った母国の事をなぜ知らない、異常だぞ」
「そんな事を言われても知らないモノは知らないし」
「学校で習いませんでしたか? 国旗や国歌は?」
寺西さんが困ったように問い直してくる。
「国旗は日の丸ですね、国歌は……なんか先生がダメな歌だからって歌いませんでした。理由も歌も覚えてないです」
「う~む……」
「ありえないと思いたいが……」
嘘が解る魔法があるからこそ、証言が真実だとわかり困惑しているのだろう。
「普通は自分の所属する国に対する忠誠を誓うものだろう?」
「そんなの個人の自由でしょ」
「そんな訳あるかぁ!」
「猿飛、落ち着きなさい! 彼の国ではそれが普通なのかもしれない」
激昂する猿飛を慌てて寺西さんが押さえている。
「そんな国が成り立つなんて……」
「一概には信じがたい物だがなぁ」
「えっと?」
「お前に質問する権利はない」
このクソ猿め……
「まあまあ、性別は男……でいいね?」
「女顔がモテるらしいですけど男です」
「年齢は?」
「2000年生まれの17歳です」
「2000年?」
「年の数え方が異なるのだろう。意味はないな」
「あ~、西暦です。イエス・キリストが生まれてから2000年って」
「「ん??」」
「いや……キリスト教の……」
「それは知ってますがね、珍しいと思って」
「え?」
「欧州と露西亜でそっち系統は流行ってるがなぁ」
そこで黙って会話を記録し続けていた涼風さんが口を挟んだ。
「西暦2000年生まれで17歳って事は、ナザレのイエス生誕でなく没後から計算しているのではないですか?」
「いや、正確に測定できていない世界なのであろう。キリスト教会が力を持つようになるのは大抵イエスが去ってからずいぶんしてからだしな」
「寺西さん、そんな事はどうでも良いっしょ。こいつの世界なんて後で界務に任せりゃ良い事ですよ」
「まぁそうだな。
さて結城くん、君は家宅侵入と軽犯罪。これは覗きで通報され、職務質問を行おうとした警官から逃げた事で公務執行妨害となっている。
何か異論はあるかね?」
少し考えて思い出す。
「職務質問を行おうとした警官から逃げたと言われても、まだ声もかけられてないですから公務執行妨害ってのは納得できませんね」
「生意気な……」
「ふむ、なるほど、確かに該当警官はまだ発声していないな」
「解るんすか?」
「引き継ぎをしているのでな」
あ、そうか。イグさんが言ってた意識を繋げるって奴か。
他人の行動も自分の中にあるから、ちょっとした事なら思い出すだけで良いのか。ここは便利だな。
「公務執行妨害の件は取り下げるとしよう。家宅侵入と軽犯罪についてはどうかね?」
「自分の家だと思って入ったんすよ。そしたら中でロボットが動いていて、いきなり撃たれて逃げました」
「君はあの家の住人に発見された時、住人の性交渉を見て興奮し鼻血を出していたと記録されているが?」
「いや、機械みて鼻血出すほど変な性癖は無いです。せめて人間の女性でないと」
三人が一斉に息を吐く。
「えっ、何?」
「良かった……」
「経験が無いほど異質な考えを持つ相手だとどう対応しようか随分迷っていたんだよなぁ」
「死体性愛者程度までなら居たのだが、機械性愛好者の犯罪容疑者の相手など誰も経験なくてな」
「左様で……って、機械に欲情する奴なんているの?!」
全員が沈痛な面持ちで視線を交わして「世の中広いんだよ」と呟く。
「しかしまぁそうか。今回の事案は概ね問題なかったって事で良いんすよね?」
「そうもいかんのですよ。ベルシオンさんから通報があった件は民事に移して示談を推奨しますがね。今度は別の問題が発生している訳でして」
「別の問題?」
「あなた、不法入国してますよね?」
「不法入国……そ、そうなります?」
「正式な手続き踏んで入国していれば身分証があるはずだからな」
あれ? 猿飛の態度がキツくない?
もう良いのか?
「聞かなくても予想通りだとは思いますが、どうやってここに来ましたか?」
「……わかりません。いつの間にか来ていた感じでして。いつも通り帰ってきたつもりが、いつも通りじゃなくなってたというか。どこからおかしいのかも解らなくて、自分の家だと信じたくて入ったらロボットがいて……」
「そこはもう聞きましたよ」
「俺、帰れるんすかね?」
「さぁ?」
「さぁ……って」
寺西さんが素っ気ない返事。
猿飛は口を閉じ目線を逸らす。
「我々の仕事と権限は、法と秩序を守り、市民国民を守る事です。不法入国者が居れば捕らえ国民に害を為さないようにする事です」
「お前は国民でも市民でもない。無自覚の内にたどり着いた流民だ。お前をどうするか、そしてどうなるかを決定するのは裁判所だ。我々は緊急性のある処罰ならば下せるが、そうでないなら裁判所に提出する資料作りまでだ」
「べ、弁護士を」
「雇えるのかね? 安くは無いよ?」
「国選弁護士とか当番弁護士とか……」
「お前に納税記録があるとは思えんが?」
「要るんですか?」
「当たり前だろ、国民の為の用役だぞ……」
その当たり前がわからねえよ。
叫びたいが我慢する。
「君の国ではどうだか知らないが、それらは我が国では国民を守る為の仕組みだよ。不幸にも罪を犯さざるを得なかった、それまでは善良な国民であった者の為にある。
なにゆえいずこの者とも知れぬよそ者が利用できると思う?」
なんで……。
いや、それもそうか。工場で働く人たちが少しづつ出し合って買ったコーヒーサーバーを、メンバーの知らない人が勝手に使っていたら工場の人達は怒った。それは俺の友達だった訳で矛を収めてくれたがきっと面白くは思っていなかったろう。
この国の人達が、自分達の万一の為にそういうシステムにしているのだから、この国の人とそれが認められた人しか利用できないというのは当然だ。
「……外国人、この世界の外国人とかはどうしているんです?」
「国との条約次第だが、大半はその帰属する国の負担で雇っている。交流のある異世界でも同様だよ。ただ君の場合はその母国が分からない。よって、個人でなんとかするしかない」
あぁ、そうか……もっとちゃんと自分の国を知って居れば、俺の日本を探してくれて、連絡取ってくれて、元の日本が弁護士つけてくれたかもしれないんだ。
もっと、ちゃんと色々勉強していればこんな事には……
「えっとな、厳しいようだが、我々には規則があるんだ。
我々は判決を推測で語ってはいけない。君がどういう判決を受けるかは裁判所の仕事。捜査し取り調べをし、事情と背景を把握し、それを裁判官に伝えるまでだ。
我々は容疑者に提案をしてはいけない。こうすればこうなるからこうしなさい等と助言をする事は許されていない。
我々は容疑者の発言を無視してはいけない。そこに明確な意思があるなら、それが規則に反しないか充分に検討し、その範囲内で行使しなければならない」
猿飛……さんの言葉に頭を上げる。
そうか、彼なりのギリギリの助言なんだ。
もっとよく考えれば何か……
「医師の……医師の診断を受ける事はできますか?」
「医師?」
「はい、俺……自分は死ぬような大怪我をして、ちゃんとした治療を受けたほうが良いはずです」
「……ぅ、うわぁ……」
「これは……」
「げふっ」
たぶん、3人が昨日現場にいた警官の見たモノを『思い出して』いるのだろう。
しかし寺西さんみたいな熟練っぽい警官がドン引きするってどんな状態だったんだ。
「了承した。ただちに上申する」
寺西さんが手を広げるとそこに透明な結晶体が現れ、表面を指で触ってからそれを耳に当てた。
まるで電話みたいだなと思っていると、本当に電話だったらしく上司らしい人と会話をはじめる。
「まあ、裁判の前に拘留中の容疑者死亡なんてのは駄目だからな。これはすぐ許可が下りる」
「死んだら生き返らせて裁判してるのかと」
「当然そうする。かなり面倒なことだから滅多に死者蘇生なんて行われないが、拘留中の容疑者が自殺を行い、それを蘇生させてから裁判で死刑判決なんて事も昔あったよ」
猿飛さんも悪い人じゃ無いんだな……
「許可が出たぞ。もう暫くしたら警察病院に搬送される事になる」
「ありがとうございます」
「しかしそれまでの間、もう少し具体的に状況の証言をしてもらう事になるよ」
少し部屋が明るくなったような、そんな気がした。
> 西暦
西暦は6世紀になって算出制定されたもので、その周辺の人間が異常なに長生きだったりしてあやふやな物です。
wikiによると使われ始めたのが10世紀で一般化したのが15世紀になってからで、現在ではイエスの生年は紀元前4年頃と考えられているそうです。
但し、この世界のイエスはもっと早く生誕し、役目を終えると民衆の前から姿を消しただけです。
涼風は「没した世界もある」という前提で話しています。
ゴルゴダで磔刑にすらされていませんので、結果としてキリスト教会の力は我々の地球より幾分弱い物となっています。
> 欧州と露西亜で
USAはあってもアメリカはありません。
16世紀の欧州の入植時に先住民族側が優位だったのです。
> 用役
一般的にはサービスとなります。
ぶっちゃけカタカナ言葉を使わない日本帝国人に話させるのはメンドイ




