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METARU Sorcery-帝国の基礎魔術-  作者: 高見 敬
第0章-プロローグ-
15/25

■字秘めのお嬢

「そろそろね」


 白い留袖を着た少女が立ち上がる。

 袖には自然の絹糸による微かな色合いの差だけで描かれた鶴と鞠と亀。白地であるにも関わらず、白糸で入れられた五箇所三種の紋。遠目に見ただけでは死装束だが、よく観ると花嫁衣装より華やかにも感じる。

 日の光を浴びた事が無いのかと思わせる肌は一本の髪が垂れただけであってもその存在を際立たせる。


「やれやれ、毎度の事ながら……お嬢に留袖は似合わねぇなぁ」

「そうだねぇ、あたしゃお役目の時に着ていた黒揚羽の振袖が似合ってたと思うよ」

「俺はセーラー服が良かった」

「お前さん……、オッサン化してんじゃないだろうねぇ」

「えぇっ、大丈夫かな? ハゲが感染(うつ)ってないかな?」

「お前たち、いい加減にしないか!!」


 茶羽織を着た初老の男性が若い二人に注意する。

 若いと言っても見た目は大学生くらいの青年と、それより少し年上の女性。


「へいへい。わかってますよ」

 お付きの4名も重い腰を上げ……。4名?

「あらやだ、この子ったら寝ちまってるよ」

「寝かせててやって」

「え゛っ、じゃぁこの子どうすんのさ」

「オバサンが抱いて運んでやんなよ」

「誰がオバサンだぃ!」

 若い男の方は手に持った弓と矢をひらひらと見せびらかす。

「やれやれ、仕方ないねぇ。手が空いてるのは私だけかい」

 紺を基礎にした派手な柄入りをお引きずりにした女性が園児服の幼女を抱き上げる。

「先に出てるぞ」

 初老の男性が社務所を後にすると、青年が手を二度叩く。

「すいません、そろそろお願いします」

 その呼びかけに答え、年配の女御達が若草色で背に十六一重表菊が刺繍された唐衣と薄桃に花柄の懸帯(かけおび)を丁重に運び入れる。

 以前は正式な十二単を着るならわしだったのだが、この少女の「重い」の一言で簡略化され現在に至る。

「だsぃってぇ……」

 青年の言葉を女性が足を踏んで黙らせる。

「何か?」

「いえ、アヤカシの些細な感性の差の話でして。気になさらないよう。おほほのほ~」


 お付きの4名は人ではない。一般的には妖怪・幽霊・付喪神・化物などと呼ばれる存在だ。

 女はその種族間の話へと話を納めた。

 彼が「ダサイ」と思ったのは個人の感想。だが「お付きが似合わないと言った」となれば「字秘めのお嬢の代弁をした」と採られ、やれ国会動議だ、やれ選考委員会の設置だ、やれ考案者の処罰だと大騒ぎになってしまう。

 今、この字秘めのお嬢が身に着けている全ての物も、宮内庁・神社庁・文部魔術庁・防衛省・国立大学などから選りすぐりの知識人が集められ厳選に厳選を重ねた結果の物。残念なのは服飾デザイナーに該当する知識人がその中に含まれていなかった事だが、当時の彼らなりに最高の敬意と尊敬と経費をかけて「字秘め様の満足」の為に選りすぐられた装束である。

 そこまでされた事に考えが及んでいない言葉なら、自分達以外が居る場で口にしてはいけないのだ。


 女御達が懸帯をしつらえると、背中側が羽衣のようにふわりふわりと宙を舞う。

 これはそういう品物ではなくこのお嬢の癖。上機嫌の時は髪や懸帯が浮き、不機嫌な時は吹き上がる。

 常時感情を殺しているべきなので顔では無表情を装っているがそれが表に出るというのはまだ未熟という事でもある。


「お嬢、どうしました? 何やら上機嫌のご様子で」

「今日は――珍しい物が見られるわ」

 社務所を出て本殿に向き直り深々と一礼。そして鳥居へとゆっくりと進む。

 唐車の周囲に数人の神人(しんじん)と巫女、そして鳥居の両脇にある駐車場には夥しい数の巫女達が簡易のストーブや焚火を囲んでいる。


 字秘めのお嬢が唐車に近づくと、頭を下げて道を作る。

「ありがとう、貴女のおかげよ。残り、頑張ってね。」

 通り過ぎる寸前、1人の巫女の肩に手を置き声をかける。

「えっ、あ、あたしですか?! あっ、いえ、滅相もありません。お声をかけて頂けるなんて恐縮です!」

 字秘めは軽く微笑んでから、まるで透明の板でも渡されていたかのように唐車へと乗り込み、お付の女を手招きする。

「良いのかい? 助かるよ」

「寝た子を抱いて歩くのは大変」

「あ、そうか、しまった。いいなぁ」

 女がひょいと飛び乗ると、簾が自動的に降りた。


 先頭から行列が動きだし、やがて唐車も動き出した振動が伝わってくる。

「でもお嬢、誰かと勘違いしてやしないかい? あんな子は会った事ないと思うんだけど?」

「着いた時の挨拶に並んでいたわ。三狐の横に居た万狐よ」

「あぁ、あの若さで万狐位の……って何かしてもらったっけ?」

「あの子のおかげでこの方違えの意味が判ったわ」

「……血の眼(ちのまなこ)って奴かい?」

「ええ。そうね」


 血の眼(ちのまなこ)

 それは他者の業と徳、今まで何をしてきたのか、そしてこれから何を為すのか。視界に入った者の運命を“強制的に”理解させる瞳である。

 血の眼(ちのまなこ)を持つ者の視界に入った者は、老人に席を譲った事から他人を殺めた事、これから数万の命を救う事も他人の傘と知って無断借用する事すらも全て知られてしまう。本人が知るまいが忘れていようが、その全てを完全に把握されてしまう。

 殆どの者は開眼する事で他人の過酷な運命を理解し正気を失う事になる。だがそれに耐えられる者がまれに居のだが、耐えられる者の多くが他者への関心を失い隠遁生活を送る事になる。

 その例外、血の眼(ちのまなこ)に開眼する程の力があり、なおかつ正気を保ち、他者への関心を失わない者。

 他者への関心を失わないからこそ国という集団の為にも動いてくれる。

 そんな者だけが『字秘めのお嬢(あざひめのおじょう)』となる資格を得るのだ。


「あたしゃ好奇心程度なら他人の運命とやらを覗いてみたい気もするけど」

「やめておいた方がいいわ」

「だよねぇ。強制はだいぶキツいわ。けどその眼のおかげで私らもこんな大役を頂けた訳だし、感謝しないとね。私らだって何かの運命背負ってこの仕事に選ばれてんだろ? その時は全力を尽くさせてもらうよ」

「ぇ――。」


 露骨に目が泳ぐ。


「ちょっと、なんだい、その目は……」

「――ごめんなさい、コスプレなの」

 暫しの沈黙が流れる。

「は? えっ、何? どういう事なんだい?

 何かのコスプレをするのがあたしらの人生の山場って事かい?」

「既に――というか、私の?」

「全っ然意味わかんないんだけども?」

「あなた達と出会う前、異世界から来た女の子が居て」

「その娘が?」

「その子が元の世界で見た、アニメの主人公が格好いいなぁって。それでその主人公の仲間に似ているのを――」

「はああああっ! なんだいそりゃ!!」

「お、おい、どうした!? 中で何かあったのか?」

 女が上げた叫びに外から青年が声をかけてくる。

「いや、なんでもないよ。後で話す」

「ゴメンね?」

 ペロリと舌を出すお嬢に毒気を抜かれる。

「まあ良いさ。もうこの世にいない相手をいつまでも呪い続けるよか建設的ってもんだよ。そういう茶目っ気も嫌いじゃないしね」


 それぞれ字秘めのお嬢に選ばれていなければ、世に仇為す妖として調伏されていたに違いない者達だ。

 面白可笑しい時間を得るきっかけを貰えただけでも御の字と思えるようになっていた。


「それで、あの妖狐が何するって?」

「あの子自身は別に大した事は」

「え? そうなのかい」

「大事なのはあの子の友達とその友達たち」

「それって、あの妖狐はいくら頑張っても脇役止まりって太鼓判押されたよいなもんだよね? 頑張ってね……ねぇ」

「――――じ、人生の主役は何時だって自分自身だから」

「目が泳いでなけりゃ格好いい台詞なんだけどねぇ」

「さて、まだかしら――いた」

 話を誤魔化す為か、前簾を動かさないようギリギリまで寄って前を覗き混んでいたお嬢は暫くして目標を発見。

「へぇ、どの子だい?」

「あの8本向こうの街灯の下、サイトバード――機械の鳥に見張られてる」

「そんな遠く、あたしにゃ見えやしないよ」

「そうだったわね」

 やがて女にも確認できる距離に接近する。


「この後、追われてこっちに飛び出してくる。それがあの子達の出会い」

「雑談に夢中で気付いてないみたいだけど?」

「そうね――そう、なら気付かせる」


 本来の席に戻り深く息を吸い胸の前で指を組む。

 そして周囲の合唱が一巡し、最初に戻るのに併せて歌い出す。


 とおりゃんせ とおりゃんせ


 囁くようなその小さな声は、静かにしかし周囲の全ての音を圧倒して染み渡る。

 外の者達が唄うアレンジされた替え歌ではなく、本来の童歌わらべうたの歌詞を。

 様々な雑音や声が飛び交うからこそ、微かに聞こえるこの唄を「聞きたい」と思わせる。


「今のは……」

「結城なら耳を澄ませば気付くわ」


 少年が飛び出してくる。

 1人の巫女が止めようとするが簡単にあしらわれる。


「ぁ、アレも――」

「アレ? 投げ捨てられた巫女かい?」

「ええ、西園寺。アレの友人と野狐禅の友人。それがパーツのふた欠片」

「あの少年は?」

「結城は鍵――この私の勝利への」


 何と勝負していると言うのだろうか?

 交代制とはいえど、この国を全て包み込む程の結界を展開し維持できる程の力の持ち主が。


 外でモメていた二人の動きに変化が訪れる。

掛介麻久母かけまくも畏伎かしこき 伊邪那岐大神(いざなみのおおかみ) 筑紫乃つくしの日向乃ひむかの……」 

「ちょいと、その勝利の鍵とやら、死んじゃうんじゃないの? アレはヤバいよ?」

「平気。待ってる」

「何を?」


 お嬢は話を手で制して成り行きに集中。 前簾が誰が触れるでもないのに音もなく上がる。


「――逃げちゃダメよ」


 指差して誠一の動きを止める。

 月夜の呼び掛けに相応の若江の拘束では逃れて半端に的を外す所。

 それを追加で縛り上げ、動けぬただのカカシにしたのだ。


「石切剱に断てぬもの無し、断たれて立てるもの無し!」


 吠える月夜、崩れ落ちる誠一。


「そこまで。全員待て」


 やはり囁くような小声。音量も語尾も全く強くない、だが絶対的な存在感と強制力を含ませた確かな命令。

 振り振って追撃を放とうとしていた月夜はもとより、取り囲もうとしていた神人達も誰も動かない、動けない。


「どう? 死に直面した感想は?」


 誠一の頭のある方が宙に浮く。

 目が開かれ口が震える何も声はない。

 漫画やアニメでは、よく上半身だけや首だけになっても会話できる者がいるが、まだ誠一はそこまで人間離れしていない。

 言葉を出すには口や声帯だけでなく横隔膜も腹筋も、内臓一揃えなければならない。


「いいえ、私は(まどか)ではないわ。ただのそっくりさんよ」

 まるでお嬢の独り言だが、これは誠一と会話をしている。

 お嬢は誠一の言いたい事の意思を読み取り答えているのだ。


「さて結城、貴方は今、瀕死の傷を負っています。この苦しみを以て私は結城を赦します。その証にこれを」


 お嬢は自らの髪を撫でる。

 数本が指に絡め取られ、赤く輝きだすと同時に自ら縒り合わさって1本の糸になる。

 突如として空が唸り雷鳴が轟く。

 その糸に自らの手で‘引き解き結び’を2つ。そして誠一の左手首に蝶に結ぶ。

 落雷が直上で無数に割れ、誠一とお嬢を避けるように地面を打つ。


「混乱しているようですが、少し黙りなさい」

「これは私と貴方の(えにし)

 もし、私に願いがあるのなら、この糸を引きなさい。

 この結び目が解かれた時、私は最大限の力を貸しましょう」

「そうね、当然ね」

 結び目の1つが音もなく解ける。

 字秘めのお嬢が目を大きく見開くと、切断された部分から骨が伸び、見る間に再生されつつある内臓の表面を血管が……

「うおぇぇぇ……」

「あら、失礼――」

 神人の誰かの嘔吐したか声が聞こえると、突如誠一が光の柱に包まれる。

 眩い光の中で体の部位が復元されていくのが微かに見える。


 やがて光が収まると、そこには完全に復元された元の姿の誠一が生まれたままの姿となって現れた。

「ぶはっ、げほっ、かーはー……」

「頭の傷はサービスよ」

 地面に大の字になる誠一は右手で手刀を作り感謝を示す。

「ただし、貴方の願いはこの結び目の数だけ。そして――この糸を無くしたり切れたり、喪われれば、私との縁も喪われ全てが無かった事になる。大切にすることね」

 そして何処からともなく滑るようにやってきた長持から男物の下帯と浴衣を取り出すと誠一の大事な物を隠すように置く。

「これは結城の私物をまとめた物ね」

 と巾着をひとつ。


 そしてお嬢は踵を反す。

「皆の者、コレは既に野狐禅の娘によって罰っせられ、それを以て私が赦しました。これ以上は方違えの妨げに対し責める事の無きよう」

「しかし字秘め様!」

 当の野狐禅、つまり月夜が抗議の声を上げる。

「聞こえなかったなんて事はないはずですが?」

 月夜は友人の、フイパチカを泣かせ、出血させたこいつを許せる気がしなかった。

 だが絶対的な言魂を乗せて『赦すと宣言』されれば、方違えを続ける事になる。

 フイパチカの事は別件であり、赦されてはいないのだから責める事はできる。

 だが別件だからこそ、国事である方違えに戻らねばならない。

 月夜は横たわる誠一を地面を擦る程度にだけ浮かし、蹴るようにして歩道脇に居た警官に引き渡した。

「あとで必ず……」



「それで、何だったんだい?」

 長持と共に唐車に戻ったお嬢に女が問いかけた。

「因果が廻ってくるのを待ってた。そして浮標を与えた。

 あの結城には願いを叶えるアイテムのように説明したけれど、あの糸が浮標。糸はこの私の髪。

『どこにあろうと』この私と繋がっている。結城が最後の一回と思い込んで使う、それこそが結城への最大の侘び。私達の勝手に巻き込んで色々嘘もついたもの」

「とんだマッチポンプだったねぇ。勝負に横槍入れていたし、そもそもほっときゃ(放置しておけば)この行列に突っ込む事もなかったろうしねぇ」

「あの結城には魔術の存在を知ってもらう必要もあった。ここが今まで暮らしていた世界とは別世界だと体感してもらうためにも――ともかく、これでひと区切り――第三部完!」

「……ほーお、それで一部と二部はいつ始まったんだい?」

 ひな人形と言えば、男がお内裏様で女がお雛様……

 じゃないんですね。

 お内裏様というのは男雛と女雛の事で、お雛様ってのはひな人形全体の事。


 左大臣が老人の方で偉く、右大臣が若い方。

 お雛様からみて左手・右手に配置するそうです。


 全ての字秘めのお嬢は基本的には前髪パッツンで日本人形のようないでたちをします。

 これは個を特定されないための習慣で、休みの期間であればどんな恰好をしていても問題ありませんし、何をしていても構わないことになっています。


 この字秘めのお嬢は「多くを語らない無口な少女」をやっていますが、本当は無駄話をしたくてたまりません。他の字秘めとあまり差を付け区別をつけられないように多くを語らないのです。

 お付きの4人は本来もっと多く囲い、不足すれば連れてくるくらいであるべきなのです。

 字秘めのお嬢は血の眼の効果で「初見の相手の名前」でも知る事になりますが、それが「たった今血の眼の効果で知った」のか「以前から知っていた」のかは本人あやふやです。

 サイトバードというのはベルシオンのサポートブロッカーズと呼ばれる強化ユニットの事です。

 スーパーベルシオンに追加合体する事ができますが、独自活動も可能です。血の眼には「1つの生命」として認識されたようです。


 血の眼の悪用はいけません。

 この眼にかかれば、その人が将来読む事になる人気小説の、まだ原作者も書いていない最終巻の内容までバッチリ把握してしまいます。後ろからボソっとネタバレを語るなんて言語道断です。

 これによって運命が変わってしまった場合、変わった内容と変わる前の内容の両方を把握している状態になり、自分達が混乱するのであまり運命改変になるような事は行いません。

 但し、仕事としては必要とあらばそれなりに行っており、その効果でこの国を守っていたりします。

 血の眼では「どうすればこう改変されるか」までは判りません。

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