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METARU Sorcery-帝国の基礎魔術-  作者: 高見 敬
第0章-プロローグ-
11/25

□夜の合体

「美代子も喜ぶだろうな。あのお店の事、母さんにも教えてあげないと」

 一度はバッグにしまった缶クッキーを取り出して匂いを嗅ぐ。

 紅茶缶サイズで透明フィルムでラッピングされているのだから漏れてこないのはわかっているのだが、それでもあの甘い匂いが漂ってくる気がする。フィルムに店の空気が染み込んでいるのかもしれない。


 だいたいいつものルートだが時間も遅く暗い夜道ということで印象の誤差を気にせず流していたのだが。

 さすがの誠一も物心ついた頃から駆け回った町内のはずの辺りに来ると不安では済まなくなってくる。


「や、やっぱ歩きスマホはダメだな。こんなに変わった近所の様子も見落としてんだもんな……」


 強がってはみるが、自分に嘘を付いている事は自分が一番知っている。

『ここは自分の知る町内ではない』

 その感覚的な確信はある。

 しかし、物証の方がその感覚を否定してゆく。


 最近リフォームしたばかりの町会長さん家の玄関がかなり古ぼけた物だ。ほらおかしい。

 しかし街灯の柱に標された地番は生まれ育った町だと主張する。

 毎朝足をかけて柔軟に使っている金属製のU字柵が石製の車避けだ。やはりおかしい。

 しかしその正面にある自治会館の名は慣れ親しんだ町名が刻まれていて間違いない。


「なんだこれ……気持ち悪い――」


 訳がわからない。

 腹の奥が締め付けられる。

 早く家に帰りたい。帰って風呂に入って寝れば、きっとこんな状態も治るんだ。

 けどそこに家がなかったら……

 そう考えると足が震えて思うように歩けない。


「チクショウなんだってこんな――」


 そうだヨシノさんだ。ヨシノさんに会ってからだ。

 あのバイク、明らかにおかしかった! 普通じゃなかった!

 もしかして、俺はもう死んでいるとか?

 ヨシノさんとのやり取りがそもそも幻覚で、本当の俺はあのバイク事故で死んでいるんじゃないだろうか?

 いや、昏睡状態で夢でも見ているとか?

 いやもしかしたら、焼却炉が原因なのかもしれない。

 あの時燃やした物が変に混じってヤバめのガスが発生してたとか。

 そうそれだ、そうに違いない。だから記憶と現実が一致しないんだ。


「お~い、俺。早く夢から醒めろ~~」


 そこにあったブロック塀に頭を打ち付けると、鈍い音と共に頭の形に凹む。


「あ、あはは、やっぱ夢か幻覚だ。けど痛てぇ」


 頭がズキズキして生暖かい物が額から鼻の脇を通り抜ける。

 武統会で格闘技もやった。体も鍛えた。だけど、ここまで超人的じゃない事はよくわかっている。

 今の力加減だと、固定されず積み上げられたブロックなら崩れる程度だ。


 決してブロックが割れたり凹んだりするような力じゃない。

 逆に固定されたコンクリートブロックが凹むような力で頭を打ち付ければ、ブロックより先に自分の頭蓋が砕けて大惨事だ。痛いで済むはずがない。


「なんなんだよぉ、これは」


 バッグを漁るが頭の傷をどうにかできそうな物は品切れだ。


「もう良い。とにかく家だ……」


 傷ができてるのであろう部分を右手で押さえ、家があるはずの方へ。

 やがて聞き慣れた旋盤で金属を削る音が耳に届き、プレス機の鉄と鉄とがぶつかり合う振動が足を伝う。


 そう、家だ。家はあった!

「なんだ、親父の奴、まだやってんじゃねぇか」

 笑みがこぼれる。


 親父が買う前から一度も取り替えられていない玄関。

 もう60年か70年はそのままの、サザエさんやこち亀の回想話に出てくるような引き戸が「帰ってきた」という安心感を誘うが……。


「鍵?」


 玄関はピクリとも動かなかった。

 だがそれでも工場(こうば)の方に回れば誰かいるはず。

 合板でできた扉を開けて中に入ると目に飛び込んで来たのは……。


「車?」


 見たこともない白と濃緑のが二台の車が積み重ねられ、いや突然磁石のSとNが入れ替わったように弾かれ離れる。いや、白い方は3胴式のボートかもしれない?

 緑の方のヘッドライトから放たれた白い光がもう一台を包む。

 白い方の中央のボンネットが縦に割れ、中から円筒の筒が前に伸びる。緑の車体の影から何本ものワイヤーが伸び、白い方のボディを絡めとる。

 ワイヤーが巻き上げられ二台の距離が無くなると、重い振動と共に筒が接触した所から火花が飛び散り金属の歪む悲鳴が響く。

 今度は白い方の両脇から細長いアームが伸び緑の方のドアを抉じ開け弾き飛ばす。

 そして見える。

 その車には人が乗り込む隙間などなく、びっしりと機械が詰め込まれている。

 歯車が右へ左へと回転を切り返し、プーリを介して連結されたベルトが軋んだ音を立てながら動力をいずこかへ運び、ドアをこじ開けたアームの片方がテンショナを弄る度にガタンガタンと緑の車体が揺れる。 

 別のアームが歯車の横に繋がるコードを抜くと先端からは薄く輝く液体をたらし、機械からコポッコポッと同じ液体が噴出すると、緑の車から伸びていた蛸の触手のように自在に動くワイヤーの幾つかが力を失い床に横たわる。

 残ったワイヤーが白い方の開口部から内部に侵入し、溶接か切断か区別のつかない閃光が飛ぶと各所にあるランプがついたり消えたりしている。

 白い方の筒から稲妻のような光が飛び出し車の表面を滑るように飛び散る。


 その飛び散った光の中、誠一は緑の車と『目が合った』ような気がした。


 いや気のせいではない。

 その瞬間から緑の車の動きが止まっている。そして一拍置いて白い方の動きも止まる。


 そして次の瞬間!

 とてつもない大音量で高音かつ単音の警報が響く!


 緑の車はその場で予備動作もなしに跳ね上がると傍らに放置されていたブルーシートを『掴んで』その身体に巻き付け、誠一を『指差し』た!

 それはこの工場内では立つことのできない身長のある人型機械。


 白い方は空中で縦になったかと思うと、ボディに縦横の光の線が走り、その線に沿って色々開いたり伸びたりし、工場の天井スレスレの身長のある人型へと変形した。


「ろ、ロボットぉ!?」


 誠一が驚きの声を上げた瞬間、緑の方の右腕が開き、中から誠一の頭がすっぽり入るほどの筒が現れる。

「危ない!!」

 その声と共に白い方のロボが緑の方の腕を叩く!


‘ぽよよん’


 表現するならそんな音だが、それと同時に何かが誠一の頭のすぐ横を通り過ぎた。


 振り返るとH鋼の柱にキレイな円形の穴が開いて、冷たい風が頬を撫でる。


 え? 何?

 今……。撃たれたの?

 工場の柱を、衝撃どころか振動すら出さずに貫くような威力の物で?

 白い方が邪魔してなかったら、今の一発で死んでた?


 股間がキュンと縮み上がる。


 緑のロボが何やら音を出しながらさっきの大砲を誠一側に向けようとし、白いロボが妨害しているように見える。


「う、うわぁぁぁぁ!」


 とにかく走る!

 後ろを確認する暇などない。

 エアコンの室外機程の箱を踏み台にしてブロック塀を越え、飛び込み前転の要領で一回転してから立ち上がり、再び走る!

 標識のポールを支点にして無理やり進路を90度曲げて走る! 標識本体は誠一が握った少し上からが地面との連続性を失い自由落下を始める。

 ガレージから歩道にはみ出すように停めている乗用車のボンネットの上をかけ上がると、街路樹の太い枝が予兆もなく地面に落ちる。

 ちゃちな門柱を蹴り、家と家の細合に飛び込み、隣家との境界目印にしかならない申し訳程度の低いフェンスの基礎に一歩、フェンスそのものに二歩め、そして人の背丈程ある塀には軽く手を添えるように一気に飛び越える!

 越えた下にはワゴン車があり、その天井から乗用車の天井を経由してボンネットから地面に戻る。

 駐車場を飛び出しアパート横の路地を抜け、細かく分譲された家庭菜園を通り過ぎ、商店と商店の隙間から歩道に転がり出る。


「ウッ、カハッ……」

 まずい、(なま)ってる、どこかで休まないと……


 咽が詰まり膝が笑う。距離こそは測ってないが、体感まだ3分も走っていないはずだ。


 左右に目を走らせ、自販機を見つけて硬貨を投にゅ……投……、腕が震えて投入口に定まらない。

 ようやく投入口に引っ掛かり。


 チャリンカランカラカラ……


 硬貨は機械を素通りし、返却口に返ってくる。もう一度挑むが、やはり戻ってくる。

 気力が萎え、自販機の前に座り込むと、それを見ていた中年の、全身から酒の臭いをさせた男が声をかけてきた。


「兄ちゃん、どないした?」

「は、はぁ、走ったんで何か飲み物と思ったんですけど、お、お金が通らなくて、はぁ、はぁ」

「えらい怪我もしとるし」

「これは、ちょっと切れた、後で、走っゲホッ……だけで、たいした事は……」

「若いからって、無茶もほどほどにしときや」

「す、すびばせん」


 男は返却口から誠一の硬貨を取り出すと「ん~?」としげしげと見つめ裏返し「あぁ」と1人得心する。


「この自販機は古い型やからこれに対応しとらんねや。どれ、おっちゃんが買うたろ。普通の水がええな」

「えっ、はい」


 おっちゃんが自販機に向き合うと、何事もなかったように取り出し口から水のボトルがでてくる。

 そしてそれを取り出すとキャップをひねり、力加減を誤ったか盛大に噴出。

「あぁ、すまんすまん、堪忍な」

「いえ、冷たくて気持ち良いです」


 慌ててハンカチを取り出して誠一の頭や顔から水滴を拭き取り自販機からもう一本ボトルを取り出して誠一に手渡してきた。

「怪我したとこな? 深くは無いけど、やっぱちゃんと治療した方がええよ? おっちゃんは酔うて力加減でけへん(できない)からあかんけどな」

「はい、少し休んで……それから……」

「おっちゃんの来た方真っ直ぐで駅や。駅前には派出所がある。赤いランプの点いてる建物や。

 逆に向こうに道なり真っ直ぐいくと大通り2つ越えた先の左手方向が市役所や」

「はい……」

「オススメは駅前派出所で道を聞くやで」

「あ、ありがとうございます」


 おっちゃんはポケットから小銭入れを取り出し、誠一が自販機に入れようとして入らなかった100円硬貨をしまった。


「サービスや。涙はこれで拭いときぃ」

「あ、ティッシュ。助かります」

「良いってことよ~」

 

 きっと失恋して傷心の大爆走をして道を見失ったとでも解釈されたのだろう。

 おっちゃんは背中越しに手を降り「若いってええなぁ」と呟きながら去って行った。

 緑の方はプーマ装甲車が似たイメージ傾向になります。ゴテゴテガッチリした軍用車両ですね。

 白の方は……マッ〇号? アス〇ーダ? いやぁタイヤがないですね。流線型でスピードタイプの飛行艇です。

 もちろん例えるなら一番似たイメージになるというだけで、あやふやな知識の人がうろ覚えで描いた位には別物です。


 彼等は人間の目から見ればロボットで実際は機械生命体。しかし、トランスフォーマーのような「超ロボット生命体」でもありません。

 金属を食い、燃料を飲み、子供を宿し生み育て、体が破壊されれば死にもします。オートボットの“スパーク”に該当するものは確認できず、材質が違うだけの有機生命体と考えてもそう間違いではありません。人間の脳に該当する部分がどこかにあり、そこにエネルギーの供給が失われると記憶も人格も失われます。RAMとマザーボードだけで動いてるPCみたいなものです。

 基本的に彼らの間では特殊な無線で会話していますが、人間に伝える必要がある時は言語を話すくらいに適応しています。

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