妥協のリセット
街は昨日から雨に打たれて、通りには人どころか生きているものがいないように見える。
俺は会社カバンを両手で抱えながら、雨を避けるために屋根の下を次々に歩いていた。
スマホに記録した名刺を確認する。
「リセット屋。あなたの夢は自分で叶えられる。我々が最大のサポートいたします。」
名刺に書いてある住所と現在地を照らし合わせて、もうすこし歩いた先の廃ホテルが例の場所だとわかった。
その廃ホテルの前に着くと、タバコを吸っている中年のスーツを着た男がいた。
男はこっちを目で一瞬見た後、タバコを通りに投げ捨ててホテルの中に入って行った。
男の背中を見て立っていると、男は急に止まって振り向き俺の方をしばらく見てきた。
付いて来いということだろうか。
俺は男の方へ歩き出すと、男は前を向き歩き出し廃ホテルの階段を上がって行った。
そして、男はある部屋の前に止まり、ドアをノックして中に入って行った。
男が入ったドアに着く。
ドアにはプレートが剥がされた跡があり、何号室とかはわからない。
俺はドアをノックするが、反応はない。
ノブに手をかけドアを開けると、今さっき入って行った中年の男がいて、話しかけてきた。
「さあさあ、中へどうぞ。イスにおかけになってください。」
俺は部屋の中に入ると、男が案内したイスに座り、カバンを床に置いた。
部屋を見回すと、綺麗に掃除されていて、座っているイスとテーブルともう一つのイス以外に家具は無く、ホテルらしさを感じなかった。
男はもう一つのイスに座ると、ファイルから何枚かの紙を取り出した。
「さて、質問したいのですが。当店をどのようにしてお知りになったのですか。」
俺はスマホの中の名刺を男に見せる。
「ああ、当店を利用した方からの紹介ですね。では、当店のことを少しばかり説明させてもらいます。」
男は紙をテーブルに並べて、話続けた。
「リセット屋というものですから、リセットつまりあなたを高飛びさせるお手伝いをさせていただきます。」
「その高飛びの方法なのですが、少し変わったかたちでありまして。」
「今からあなた様にサイコロを何回か振っていただきます。そしてその紙にその数字を記録していただき、私に見せていただければよろしいです。」
男はポケットからゴルフボールのようなものを取り出した。
「その数字と条件を照らし合わせて、あなた様を生まれ変わらせる、ということです。」
「サイコロの偶然ですので、どなたでも公平平等に案内したいのですが、万が一お気に召さなかった場合は、また振り直しても結構です。」
「では、ご質問はありますか。」
男が一通り話終わったのを感じて、そのゴルフボールのようなサイコロを手に取った。
「どうぞ。」
男はそう言ったのを聞いてから、俺はテーブルにサイコロを転がした。
サイコロはなかなか止まらずにテーブルから落ちてから止まった。
男が立ち上がり数字を確認して「11」と言いサイコロをテーブルに戻した。
俺は紙にメモをして、今度は弱めにサイコロを転がした。
サイコロはテーブルの上で止まり、「45」だった。
メモを、してまた振り直すと「14」、「81」、「01」と出た。
俺は少し疑問なことが思い浮かんだ。
「すみません。質問いいですか。」
「はい。なんでしょう。」
「何回サイコロを振るんでしたっけ。」
「何回でもです。好きなだけでいいですよ。」
男は笑顔で返した。
その男の答えに納得がいかなかった。
好きなだけなら平等も何もないのではないのか。
またサイコロを振り「91」をメモしてから、男に紙を渡した。
「少し席を外します。」
と言って部屋を出て行った。
しばらく待ち、ノックの音がして男が部屋に入ってきた。
そして一枚の紙を渡してきた。
「リセットした後は、それでよろしいでしょうか。」
紙には山小屋のような建物で、場所は隣の国だった。
「緑豊かでとても良いと思いますよ。山もオプションとしてついてきますし。」
男はそう言うが、隣の国は内戦が起こっており、今の生活を抜け出してでもは行きたくない。
「すみません。もう一回振り直させてもよろしいですか。」
「どうぞ、どうぞ。お好きなだけ。」
その後も俺はサイコロを振り続けた。
プール付きの豪邸に油田付き。
遠い国の民族の家に妻子供付き。
都会のアパートでプログラマーの職と毎日朝食付き。
色々な世界が見えたが、決めきれずにいて、次にさらに良いものが出るだろうと期待してサイコロを振り直す。
男は笑顔でそれを見ている。
五十回くらいした後に、俺は外でタバコを吸おうと思った。
男は快諾してくれて、俺は廊下に出た。
ひんやりとしていて、他の部屋にもプレートが剥がされている。
すると廊下の奥にスーツを着たまた別の男がいた。
その男は近くのドアをノックして入って行った。
俺は自分以外にサイコロを振っているやつがいると思い、親近感と興味でその部屋に近づいて行き、ドアに耳を当てた。
少しだけれども会話が聞こえてくる。
「えー、また宇宙ステーションかよ。しかも今回はジャンボジェット無しかよ。」
俺はそれを聞いて、自分がいた部屋に戻った。
「おや、お早いですね。」
男が少し驚いた様子でいたが、気にせずイスに座り、男の方に紙を出した。
男はまた驚いた様子で言った。
「お客様。白紙では、どうにも。」
「いいんだ。それでやってくれ。」
男は俺の顔をしばらく見ると、立ち上がった。
「かしこまりました。」
俺は身体が熱くなっているのに気づいた。
さっきの別の部屋の男が他人ではないように感じた。
窓を見ると、いつの間にか雨はあがり、晴れの空と街がひろがっていた。
俺は新しい自分に期待した。